荏原製作所がアルムナイ制度で「人材の活躍促進」を目指す理由。組織の境界を拡張する出口戦略とは?

荏原製作所が「アルムナイ制度」をスタート。荏原製作所の卒業生「エバルムナイ:Ebalumni(Ebara-Alumni)」と退職後も関係性を持ち続けることを目的に、アルムナイネットワークづくりに取り組みます。

>>そもそもアルムナイとは?

アルムナイ制度は、同社の長期ビジョン「E-Vision2030」の重要課題として掲げられている「人材の活躍促進」の一環として導入されたもの。

アルムナイとのネットワークづくりが、なぜ人材の活躍促進につながるのか。アルムナイ制度を担当する人材開発部の太田さん、人事部の早田さん、黄河さんの3名にお話を伺いました。

(※荏原出身者の方限定のネットワークです)

株式会社荏原製作所
人材開発部 部長
太田 晃志さん
(写真左)
1994年荏原製作所入社。システム事業部で大型ポンプを全国に販売する営業・企画の仕事を経て、2016年より人材開発部へ。同年より現職

人事部 グループ人事サービス課
早田 敬祐さん
(写真中央)
2018年に荏原製作所に新卒入社し、人事部に配属。これまで評価制度やキャリア開発施策を担当

人事部 人事企画課
黄河 匠さん
(写真右)
出版関連会社で10年間SEとして人事系システムの企画・開発・運用に従事。2019年より荏原製作所に入社

アルムナイ制度は「組織の境界の拡張」を意味する

——荏原製作所がアルムナイネットワークをつくることになった経緯と狙いについて教えてください。

太田:昨期に出した「E-Vision2030」という長期ビジョンが背景にあります。

これは2030年の理想像を前提に、これからの成長戦略を考えたもの。社会や環境へのサステナブルな価値を意識しながら、経済価値もしっかりと見据え、現在の約3倍となる時価総額1兆円を目標としています。

そして「E-Vision2030」の重要課題の一つが「人材の活躍促進」です。その中にアルムナイへの取り組みも含まれています。

荏原製作所資料より

太田:外部環境に目を向けると、国内は少子化で人材獲得の競争率があがり、雇用の流動化も進み、働き方の多様化はどんどん進んでいます。

内部環境としても、新卒、キャリア採用ともに採用人数は約100人規模に増加。人材要件も多様化し、これまで欠員補充の意味合いが強かったキャリア採用でも、新たな組織や事業に対応するために採用を行う場面が増えました。

また、海外売上高比率が半分を上回る当社にとって、グローバルを含めたタレントマネジメントは重要なことです。どこにどのような人材がどのくらいいるのか、グローバルを含めて把握する必要もある。

そのような中、人事としては『One Ebara HR』を掲げ、海外のグループ会社も含めたHR組織の一体化・強化を目指しています。

——「人材の活躍促進」を課題に掲げる背景には、人事に関する内外双方の状況の変化があるのですね。

太田:その通りです。企業と個人が対等になっていく中、企業は何を提供できるのか。ここをきちんと認識し、“I have to work.”から“I  want to work.”に変えるための環境を整えなければ企業の成長は望めません。

そのためには発想の転換が必要です。組織が個人を選ぶのではなく、個人が組織を選ぶことを前提に、組織の枠に人を当て込むのではなく、個人の力を最大化するための動きを組織が行う。

具体的には「適所に適材を配置する」のが大きな方向性。人事制度も変わり、役割等級制度を導入し、競争し挑戦する企業風土の浸透が進んでいます。

就社から就職へ。年功序列を廃止して、ジョブ型雇用に転換しメリハリある報酬制度をつくり、働き方も多様化していく。一人一人が自律的に働くことを推奨しなければ浸透しませんから、社員のキャリアデザインの重要性も増しています。

そのような中で新たに目を向けるのが、出口戦略の構築です。

荏原製作所はこれまで、主に在籍中の施策だけに取り組んできました。これをより広く捉え、採用手法を増やすなど入口の部分を強化し、さらに退職以降の出口部分に目を向けたのが大きな変化です。

——出口戦略の施策の一つが「アルムナイ制度」ですね。

太田:そうです。世の中で活躍する卒業生とつながりをつくり、人脈をしっかり広げ、卒業生を含めたタレントを可視化する。そのために『Official-Alumni.com』を用いたアルムナイネットワークの構築に取り組み始めました。

太田:当社がアルムナイ制度で目指している姿は、まさにアルムナイ研究所のシンポジウムで服部先生がおっしゃっていた「スタッフィング(=競争優位に貢献する人材を種々の人事管理によって確保すること)」です。人的資源や組織そのものの境界を拡張するというお話はまさに我々が考えていたことで、感銘を受けました。

我々にとってアルムナイ制度は、組織がアクセス可能な人的資源の範囲を拡張することを意味します。これは「組織そのものの境界を拡張する」とも言い換えられる。

年々増えていく退職者をどうやって自社の仲間にするのか。入口の採用から、在籍中、そして卒業となる退職後までの情報や人をつないでいくことによって、グローバル市場で持続的成長を実現するための多様な人材の獲得や育成につなげていきたいと考えています。

アルムナイとの関係性を築きながら「退職」の風土を変えたい

——アルムナイ制度は、人事部の中で役割の異なる3名が担当すると伺いました。

太田:はい。人事内の組織横断で取り組みます。

当社には大きく人事部と人材開発部の2つの部があり、私が所属する人材開発部は採用や人材育成を担う部門。一方で黄河は人事部で人事企画を、早田は同じく人事部ですが、グループ人事サービス課で評価・給与制度などを担当しています。

また、私はプロパーで約25年の古株ですが、早田は新卒3年目、黄河はキャリア入社です。アルムナイ制度を運営する事務局側に多様性があるのは、さまざまな状況にあるアルムナイと接する上でプラスになるのではと思っています。

——アルムナイネットワークの構築にあたって、まずはどのようなことをする予定ですか?

早田:ファーストステップとして、まずは退職者との関係を築く必要があると思っています。堅苦しい情報ではなく、社会貢献に関する取り組みなど、最近の当社の動きについて発信しながら、徐々に関係性を作っていきたいですね。

黄河:アルムナイネットワークの構築と平行して、企業風土改革にも取り組みたいと考えています。マネジャーや部署によって差はありますが、「退職者=裏切り者」という考え方から抜け切れていないところは正直ありますから、そこを変えたいですね。

太田:これまで会社として退職者に対して何かをしたことは、全くと言っていいほどありませんでした。退職者の再雇用も数えるほどです。

退職者への対応も属人化していましたし、退職理由を形式的に提出してもらっていましたが、多くは「一身上の都合」で終わってしまう。退職理由をしっかり把握して、リテンションだけでなく、組織課題へのフィードバックとしても生かすために、退職者に向けた『退職アンケート』も実施予定です。

——退職者が何に不満を持っていたのかを把握し、改善する。退職者につながりたいと思ってもらうためにも「良い会社」であることは重要ですよね。

早田:そうですね。これまでも人事部主導で退職者と話をする機会は設けていたのですが、アルムナイネットワークの導入と合わせて、より本音に近い退職者の声を収集できればと思っています。

そうやって改善できるところは改善して、退職者にとっても在職者にとっても居心地の良い、働きやすい組織をつくっていきたいです。

——アルムナイとの関係構築ができたあとの展開についてはいかがでしょう?

早田:“荏原カルチャー”を持った人とのネットワークをつくる中で、荏原でもう一度活躍したい人がいらっしゃれば採用につなげていく。その結果として荏原に戻ってくる方が増えればいいなと思っています。

中長期的にはアルムナイとつながることでビジネス協業やオープンイノベーションが促進され、企業価値の向上が実現できればと考えています。

活躍の場が外にあるのなら、固執せずに見送る。それが理想的なエグジットマネジメント

——アルムナイ制度について、社内からはどのような反響がありましたか?

太田:人事部内はおおよそ賛成意見でした。世の中の動きを意識した時に「必要だよね」という感覚はあったようです。全体にはまだ広報していないので、どういう反応が出てくるのか楽しみですね(※取材はアルムナイ制度スタート前に実施)

黄河:当社は製造業一般と比べて離職率は低く、福利厚生面も丁寧な方です。もっと社内に目を配るべきだといった不満の声はないのではと思いますが、マネジャーごとに意識が違うのは気になるところですね。エグジットマネジメントは意識して見ていく必要があるのかなと思います。

——「アルムナイの取り組みをすると退職者が増えるのでは」と懸念する企業も多いです。その点についてはどのようにお考えですか?

太田:これから先の企業と個人の成長を考えた時に、当社が目指すリテンションは束縛ではなく「働きやすい環境を維持する」ことです。

とはいえ、どれだけ環境が良くても、スキルや報酬など、求めるものが得られなかったときに「外に出る」選択肢は確実に上がります。

そう考えたときに、我々は何ができるのか。その一つがアルムナイネットワークだと考えています。

アルムナイネットワークがあれば、たとえ違う企業に行ったとしても、外で獲得した能力を何らかのかたちで荏原製作所に生かしてもらえたり、本人のフェーズが変わったときに再び荏原製作所に戻りたいと思ってくれたりするかもしれません。

人材に投資した分だけ、その人材を手放したくない気持ちは生じるものですが、活躍のフィールドが外にあるのであれば、固執せずに見送る。それが理想的なエグジットマネジメントであり、その先に「荏原で良くしてもらった」「荏原で学んだことがかけがえのないスキルになった」と、リクルートさんのように卒業生が台頭することにつながるのではないでしょうか。

それに、これからはそうした動きができなければ偏った企業になってしまう気がしています。企業と外の世界との垣根はどんどん低くなっていくのだろうと思いますね。

——自社内に留まらない個人の成長を応援し、退職した後も雇用以外の関係性をつくることで、結果的に自社の力に変えていく。頭で理解はしていても、実行するのは難しいのではと思います。貴社ではなぜこうした動きができているのでしょう?

太田:私が勝手にワーワー騒いでいるからですかね(笑)。というのは冗談として、労働組合との話し合いの中で議論に上がったことがあり、経営としてもアルムナイを意識するきっかけになりました。

良い労働環境を整える意味でも、まさに「辞め方改革」が必要。そこは考え方を変える必要がありますが、なかなか切り替えられない人も多くいます。むしろこれからの意識改革の方が困難かもしれませんね。

「辞め方改革」を胸に、意識改革を目指す

社員にとっては「社外を含めたキャリア」を考えるきっかけになる

——アルムナイネットワークができることで、荏原製作所の現社員の方にはどのようなメリットがあると思いますか?

太田:より自分のキャリアを考えやすくなるのではないでしょうか。

自律的に自らのキャリアを考える姿勢は、一人一人の社員に強く持ってほしいと思っていますし、これは会社のメッセージとしても出しています。

我々は人事として社員のキャリアを実現できる環境を整えることが大前提ですが、別のフィールドに自身のキャリアを実現する場所があるのであれば、それを会社側に伝えてもらった上で卒業していただきたい。

お互いがお互いを理解できて初めて、「頑張ってこいよ」「大きくなってきます」と、声をかけ合える。そして、それが企業とアルムナイの良い関係性をつくるのだと思います。

——自社内だけでなく、社外も含めたキャリアを考える機会になる。そう考えると、貴社はより良い会社にならなければ社員をつなぎ止めることはできないわけで、なかなか覚悟がいることですよね。

太田:でも、それこそが「E-Vision2030」でうたう「人材の活躍促進」なんです。……こんなこと言ってみんな辞めちゃったらどうしましょうね(笑)

——(笑)。これからどのようなアルムナイネットワークをつくっていきたいですか?

(※荏原出身者の方限定のネットワークです)

太田:私が一番に思っているのは、「垣根がないネットワーク」ということです。社内外を問わず、純粋に集まりたい人間が集まって、素直に情報交換ができる環境が理想だと思っています。

会社としては再雇用や協業といった考えもありますけど、荏原という共通点があるから集まって、ちょっとした時間が過ごせるような場を提供できたらいいですね。

早田:個人的なキーワードは「フランク」と「多様性」の2つです。

会社は最初に背中を押すだけで、あとは太田からも話があった通り、純粋につながりたい人がフランクにつながって、会社とアルムナイが関係を築いていく。

多様性という意味では、当社は外国籍人材の採用にも力を入れている会社ですから、伝統的な日本企業の風土もありつつ、多様性を認める風土もあります。それはアルムナイネットワークの活性化にプラスになるのではと思いますね。

太田:当社の新卒採用の2割は外国籍人材ですが、日本人と比較すると離職率が高い傾向があります。コロナ禍でさらに助長してしまったところもありますが、彼ら、彼女らにこそアルムナイネットワークの存在が重要になってくると思います。

荏原を嫌いになったわけではないのであれば、荏原のグループ会社は世界中にありますし、また日本に帰ってきたときに一緒に仕事ができたらいいですよね。

黄河:退職者にはさまざまな年代の方がいます。特に当社の場合は、どちらかと言うと柔軟性のある人が辞めていく傾向にあり、そういった方々は社内にはない考え方を持っている。

だからこそ当社にとって貴重な意見を持っているでしょうし、そこから気づきが得られるような場所になればいいなと思っています。

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荏原アルムナイへメッセージ

——最後に、アルムナイの方へメッセージをお願いします!

太田:ぜひ、まずは入って、感じてほしいです。「ちょっと顔出してみようかな」くらいの気軽な気持ちで全く問題ありませんので、気楽に参加してもらえたらと思います。

出入りは自由ですし、居心地が悪ければ退会してもいい。何事も試してみて、嫌だったらやめればいいだけですから。

黄河:気負わず、気軽に参加いただくことでネットワークができていくのだと思うので、まずは登録いただけるとうれしいですね。

早田:「フランクに参加していただきたい」というのが一番ですよね。荏原製作所は社員に優しい会社だと私は思っていますが、「アルムナイの皆さんにも優しい会社」だと実感してもらえるように取り組んでいきたいと思います。

(※荏原出身者の方限定のネットワークです)