フローレンスの再雇用制度が順調な理由「退職しても、根底の価値観は一緒」

2018年に退職者の再雇用制度「サーモンチケット」を導入した、認定NPO法人フローレンス。直近の1年間で5〜6名から制度の利用があり、3人が再入社に至ったといいます。

退職者の再雇用制度を用意しても、なかなか使われないという課題を抱える企業も多い中、なぜフローレンスでは制度がうまくいっているのでしょう? アルムナイに関する取り組みと合わせて、働き方革命事業部人事マネージャーの宇野澤ちはるさんにお話を伺いました。

プロフィール

認定NPO法人フローレンス 働き方革命事業部 人事 マネージャー
宇野澤ちはる
さん
2016年認定NPO法人フローレンス入社。採用、育成、人事労務、人事制度設計など、人事全般の責任者として勤務

アルムナイに関する3つの取り組み

——アルムナイに関して、フローレンスはどのような取り組みをしているのでしょうか?

主に3つの取り組みを行なっています。

1つ目は「サーモンチケット」。退職したスタッフがフローレンスに再入社しやすくすることを目的としたもので、チケットを使うと書類選考をスキップして、面接から選考をスタートできます。

対象は全てのスタッフで、退職時に全員にお渡ししています。「またフローレンスで働きたくなったら戻ってきてね」というメッセージ性が強い制度です。

サーモンチケット
サーモンチケット(フローレンスWebページより)

2つ目は、アルムナイコミュニティ。Facebookで「フローレンスアルムナイ」というクローズドのグループを作っていて、サーモンチケットをお渡しする際にお伝えし、希望者に入ってもらっています。こちらは事務局のスタッフが対象です。

フローレンスの近況を発信したり、退職したスタッフが自身の活動をシェアをしたり、何かあった時に助け合える関係性を作る目的で、アルムナイとゆるくつながれる場として用意しています。

そして3つ目が、アルムナイパーティーです。こちらも事務局スタッフが対象で、年に1回、アルムナイコミュニティで声かけをして集まっています。

2020年はオンラインで、近況報告やフローレンスに関するクイズをグループに分かれて行いました。アルムナイ同士も交流ができ、最近のフローレンスのことも知ってもらえる。気になることは代表の駒崎に質問することもできます。

——こうした取り組みはいつから始まったものなのでしょう?

2017年度です。当時は介護のために引っ越しをせざるを得ないなど、家庭の事情で退職するスタッフが複数出た時期でした。一方、フローレンスはいろいろな事業を立ち上げ、新しいフェーズに入ろうとしていたタイミング。人手不足が課題でした。

そこで、今まで辞めていった人たちが、自分たちができる範囲でフローレンスに関われる仕組みを作れないか。復職までいかずとも、業務委託やプロボノでちょっとだけ手伝っていただくような仕掛けができないかと考えました。

その際、最初に取り組んだのがアルムナイコミュニティづくりです。その上で、いつでも戻りたい時に戻ってこれるように、追加でサーモンチケット制度を作った流れですね。

——退職者の再雇用制度をつくるだけではなく、アルムナイとゆるくつながるところも含めた制度設計をしたのですね。

フローレンスがチームの在り方を考える際に大切にしている一つが、多様性です。「志の大地に多様性が茂る」というフローレンスで目指す組織のあり方の通り、多様な人が活躍できるチームでありたい。

その考えに基づき、「何らかの事情で退職したとしても、関わりたいと思った時に、その人が関われる範囲で一緒に何かができるといいよね」という思いがあります。

——アルムナイコミュニティには2017年以前に辞めた人も参加しているんですか?

はい。そのためにコミュニティ発足と同時にパーティを行いました。2017年以前に辞めた人と社員同士のつながりはあったんですけど、フローレンスとしてつながりを持ちたかったので、長く働いているスタッフにお願いしながらパーティーのお知らせを送りました。

——最初のパーティーはどのくらい集まったのでしょう?

約40人です。10数年前に学生だったスタッフがお母さんになっているなど、それぞれの変遷がわかってうれしかったですね。

その際、「パーティーには参加できないけれどコミュニティには参加したい」「今後もこういうイベントがある時は声をかけてほしい」といった声もいただいて、現在は約60人がコミュニティに参加してくれています。

フルタイムで働いていた人はもちろん、学生インターンとして関わった人、2週間だけ社会人インターンとして一緒に仕事をした人など、在籍時の関わり方はさまざま。フローレンスを離れても、何かしら関わりたいと思ってくれている人たちがコミュニティに集っている状態です。

2017年に初めてアルムナイパーティをした時の様子。フローレンス年表をもとに、代表の駒崎さんが近況報告を実施。アルムナイが直接駒崎さんに質問することもできる
2017年に初めてアルムナイパーティをした時の様子。フローレンス年表をもとに、代表の駒崎さんが近況報告を実施。アルムナイが直接駒崎さんに質問することもできる

サーモンチケット利用者の根底にあるのは「フローレンスへの共感」

——先ほどサーモンチケットは全員に渡していると伺いました。全員を対象にするハードルはなかったのでしょうか?

なかったですね。フローレンスに対して嫌な思いや不満を持って辞めた人もいたかもしれませんが、フローレンスの門戸を叩いた時にはビジョンに共感して、ここで頑張りたいと思ってくれていたはず。それならば全員にお渡しして、使うかどうかは皆さんの判断に任せようと考えました。

——サーモンチケットの利用者はどのくらいいますか?

ここ1年で5〜6人がサーモンチケットを使ってくれました。条件が折り合わすに入社には至らなかった方もいらっしゃいますが、3人が戻ってきてくれましたね。事務局スタッフの場合はサーモンチケットを使わず、アルムナイコミュニティを通じて戻ってくるケースもあります。

サーモンチケットの利用者は保育園などで働く現場スタッフが多いのですが、給与や通勤など、条件面を理由に退職して別のところで働いた結果、やっぱりフローレンスで働きたいと思ってくだる方が多いように感じています。人間関係や保育の在り方など、実際に入ってみないとわからない部分も多いですから。

——フローレンスへの共感がベースにあることが大きいんですね。

そうですね。ビジョンや保育園の理念への共感を、選考時に強く見ています。人が大事にしている価値観って、そんなに変わらないと思うんですよ。環境や条件を理由に辞めることになったとしても、根本の価値観が一緒なので、少なくとも喧嘩別れをするようなことは起きにくいと感じています。

結果として違う道に進むことはあるでしょうけど、「それでもまた一緒にやれることがあったらやろうね」という思いを込めた関わり方を、人事だけではなく会社全体でやっていますね。

実際、辞めてからもフローレンスの活動をウォッチしてくださる方は多いんです。比較的メディアで取り上げていただくことも多いですし、代表の駒崎も積極的に情報発信をしていますので、応援の言葉を寄せてくれたり、「月〇時間だったら業務委託で手伝えます」と申し出てくださったりする方もいます。

そういう意味では、ビジョンでつながっているのがフローレンスの強みの一つだと感じています。

困りごとがあると、アルムナイが力を貸してくれる

——改めて、アルムナイと辞めた後も交流を続けることには、どのようなメリットがあると感じていますか?

アルムナイに力を貸してもらえることです。業務委託で週1〜2時間記事を書く人から、戻ってきてフルコミットしてくれる人まで、想いを共にするスタッフと、一緒に事業を進められています。

例えば、2年前に始めたこども宅食事業。文京区と組んで、貧困家庭に食品を届ける事業を社内プロジェクトとして始めたのですが、社内スタッフは本来の業務の傍ら取り組むような状態。なかなかリソースを割けずにいました。

その時に、助けてくれたのがアルムナイです。一人はバックオフィス全般を業務委託で担ってくれ、もう一人は記事発信を通じた広報活動を手伝ってくれました。

アルムナイは新しい事業を生み出すことに寄与でき、報酬を得られ、フローレンスは事業を推進して社会をより良くしていける。手前味噌ですけど、社会、フローレンス、アルムナイの三方よしの関係が築けたと思っています。

こういう例は他にもあって、新しく作った保育施設に保育スタッフが足りなかった時は、アルムナイにメールでお声がけをしたところ2人が戻ってきてくれました。予定通り施設をオープンし、お子さんを安心してお迎えすることができたのは、アルムナイのおかげ。人となりと仕事ぶりが分かっているので、安心してお任せできます。

——すごく良い循環ですね。

困りごとがあると「卒業生にこういう人いなかったっけ?」という話になるんですよ。元社員の業務委託スタッフは随時数名いますし、元社員が事業に関わることが当たり前になっています。雇用形態の違いがわからないくらい、自然な存在ですね。

卒業生の活躍の幅は広いですし、強みもさまざま。必ずしも直雇用の週5日8時間フルコミットでなくても、強みの部分を無理ない範囲でフローレンスに貢献してもらって、それによって困っている親子を助けられるのであれば、関わる人みんながハッピーな取り組みなのではと思っています。

2017年に初めてアルムナイパーティをした時の準備の様子
2017年に初めてアルムナイパーティをした時の準備の様子

会社としても固定費を持たずに、流動的にスキルや時間を提供してくれる仲間が社外にたくさんいるのは、柔軟性の意味で心強いこと。そういう実感もあって、退職時に「機会があったらまた一緒にやろうよ」という雰囲気で送り出す風土ができているように思います。

あとは、卒業したスタッフが転職した会社と新しい関係性ができることもあるんです。CSR の寄付の一環として支援を申し出ていただくなど、卒業生から多様なつながりが生まれています。

退職して関係が切れるのではなく、違うかたちでつながっていくイメージがあるので、良い意味で退職がネガティブにはなりません。退職者をネガティブにしてつながりを切るよりも、つなげて広げることをやっていきたいですね。

——一方で、アルムナイと交流することによるマイナス面はありますか?

うーん……ないと思いますね。

——「退職者との交流を深めることで、現社員の離職を促進するのでは?」という懸念の声を聞くこともありますが、それについてはどう思いますか?

卒業生と交流したことで辞める人がいたとしたら、それはつなぎ止められない何かがフローレンスにあったということ。そうやって辞めた人でも今後も関わりたいとおしゃってくれるのであれば、新しい関係性としてプラスにとらえてもいいのかなと思います。

フローレンスの未熟さゆえに退職となったのであれば、もっと良い会社にするための努力をしますし、そうやって成長したフローレンスを見てまた関わりたいと思ってくれるのであればそれに越したことはないですよね。

もちろん退職せずに長く勤めていただくのがベストですけど、その人の人生すべてを引き受けるわけにはいきません。介護の問題や、高額な教育費が必要になるなど、それぞれの事情がありますから、それは尊重したいと考えています。

——最後に改めて、フローレンスにとってアルムナイはどういう存在でしょう?

同志というか、『ドラクエ』でいうパーティーでしょうか。冒険を一緒にやっていく人たち。冒険する時に助けてくれる仲間が、いろいろなところにいるイメージです。

会社の中にしか仲間がいないと、しんどいこともあると思うんです。うまくいかない時や突破口が見つけられない時に、会社の外に仲間がいるのは大きいですよね。彼ら・彼女らが新しい仲間を連れてきてくれることもありますし、ものすごく心強いです。

アルムナイは親子の課題を解決したい、もっと社会を良くしていきたいという大きなビジョンを共有している仲間だと思っているので、フローレンスとアルムナイ、アルムナイ同士がそれぞれつながり合って、今後はより大きなインパクトやシナジー効果を生み出せるようになるといいなと思っています。

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取材・文/天野夏海