サントリーアルムナイの多田信雄さんにお話を伺いました。25年間ビールの生産研究に携わったのち、農業に挑戦し始めた多田さん。サントリーで培ったお客様主義の精神が、野菜作りに受け継がれています。
※過去にサントリーホールディングス㈱、サントリー食品インターナショナル㈱に在籍していた方専用のネットワークです
ものづくりへのこだわり~ビールからやさいへ
――まずは、ご経歴を教えてください。
1972年生まれ、神戸出身です。大学から東京に出て、農学部農芸化学科の修士を卒業し、98年にサントリーに入社しました。入社後はずっとビールの生産研究部門におり、研究所と工場を転々としていました。長く居たところだと、中国の工場に7年半赴任していました。日本に帰ってきて、九州熊本工場、京都工場に勤め、2022年11月に退職しました。
退職後は淡路島で農業を営んでいます。
――サントリーに入社されたきっかけは?
ビールやワインなど醸造酒関係は農学部出身が多いので、自然と選択肢に入っていました。「モノづくり」が好きだったので、その中でも好きなビールの生産に携わりたいと思い、入社しました。
――退職して新しく農業を始めるということで、一大決心をされたのではないでしょうか。
そうですね、25年勤めた会社を辞めるのは勇気のいる決断でした。
大学で農業関係のことを学んでいたこともあり、入社後も農業への関心は持ち続けていました。仕事と並行して家庭菜園をやってみたこともありました。といっても、退職して農家になろうと本気で思っていたわけではありませんでした。
ただ、管理職になったりコロナ禍を経験したりして仕事の内容が変わってきたことがきっかけで、これからの人生の過ごし方を考えるようになりました。もともと自分はモノを作るのが好きで、ビール生産部門でも、どうやって美味しいビールを創れるか、品質を探求するのに楽しみを感じていたのですが、管理職となるとマネジメントの仕事が多くなるので、自分で自由に手を動かしたい、という気持ちも高まっていましたね。
最終的には自営業として新しい仕事にチャレンジしたいという思いから、農業を始めることにしました。私自身が都会より田舎が好きな人間なのですが、妻も引っ越しに慣れていて、「いいんじゃない」という反応だったので、背中を押されましたね。
――ビール工場で「造り込む」とはどういうことなのでしょうか。味や配合は決まっているのでは?
消費者の皆さんは、プレモル(ザ・プレミアムモルツ)はいつも同じプレモルの味だと思っているかもしれませんが、微妙な違いは比べて飲むとわかります。もちろん出荷される商品の品質は一定以上ですが、その中でもお客様に最高のビールを届けたいという気持ちで、理想のプレモルを目指して日々生産していました。
退職後も続くサントリーとのつながり
――退職後の農業のお仕事について聞かせてください。
退職する1年くらい前から、ひょうご就農支援センターに就農する地域を相談し、冬に雪が積もらず一年中栽培ができ、自治体や農協のサポートが大きいのが決め手で淡路島に移住することを決めました。当時は大阪の高槻に住んでおり、そこから週末に農業体験みたいなことをしに行って、少しずつ準備していきました。
2022年11月に退職して淡路島に移住し、半年間は親方に付いてレタスとたまねぎを育て、基本的な農作業の流れを教えてもらいました。
翌2023年6月から独立し、「多田農園」を経営しています。今は、4反程度の広さの田んぼを借りていて、たまねぎを中心に、サニーレタス、ミニ白菜、キャベツなどの葉物も育てています。販路は農協や直売所のほか、自前のサイトを作って直接販売も行っています。作る方も売る方も、色々と試して経験していきたいと思います。
――本格的な農業は初めてだと思いますが、大変なことはありますか?
初めてで経験値が低いのと、生き物が相手なので、失敗することもあります。昨年末はサニーレタスの収穫だったのですが、想定していたよりも育つのが早く、年末に慌てて収穫しました。正月は、農協の出荷受付が4日からだったので、3日が収穫初めでした。1月は、たまねぎをひたすら植える作業をしていました。とにかく時間との戦いですね(笑)。2月はこれからキャベツの収穫があります。
――農家を始めて、思い描いていたイメージとのギャップはありましたか。
良くも悪くも想定内ですね。良かったのは、就農のハードルが思ったより低かったことです。自分が大学を出たての頃はまだ、そこまで新規就農が簡単ではありませんでした。今は、農家の高齢化が進んで田んぼが余っていることもあり、土地を安く借りて始められました。トラクターなどの農機も新品で揃えると高いのですが、中古で安く譲ってもらえたのは助かりました。
また、最初は失敗を通して学ぶものだと覚悟していましたが、JAの営農指導員や先輩農家さんが親身にアドバイスをしてくれるのがありがたかったです。
大変なことといえば、狭いコミュニティですから、人間関係には気を遣いますね。会社員としての文化や常識が通じなくて歯がゆいこともあります。とはいえ、そもそも自分から入っていかないと横のつながりはそこまで強くありません。今は自分が新人なので、長くこの土地で暮らしていくために、できるだけ馴染めるよう心がけています。
――退職されたとき、周囲の反応はいかがでしたか?
辞めて農業をやると言ったらやはり驚かれましたね。
――その後、サントリーの方とやりとりはありますか?
勤めていた工場の同僚とは、個人的に繋がっています。九州熊本工場の同僚がたまねぎをケース買いしてくれたり、京都工場の同僚がたまねぎの収穫の手伝いに来てくれたりと、辞めてからも、とても頼りになる仲間です(笑)。
サントリーで学んだことは外の世界でも通用する
――サントリーで経験したこと、学んだことで、退職後も役に立っていることはありますか?
まず、PCが使えることですね。農家の方はご高齢だったり、若い方でもスマホの方が慣れていたりで、PCが使える人は珍しいようです。ちょっとした文章を打って人に送ったり、数字をまとめたりすると、ありがたがられることが多いです。販路拡大の一貫で、野菜の配送業者さんに自分のたまねぎをプレゼンしたことがあるのですが、パワポでプレゼンできる農家は珍しいみたいで、面白がってもらえました。
また、生産現場に身を置いていたので、TPM(Total Productive Maintenance)の考えが身体に馴染んでおり、業務改善の取り組みや設備のメンテナンスの経験があるのは強みだと思っています。今は、倉庫にホワイトボードを置いて、今後の計画を見える化したり、習慣として清掃したり、あらかじめ汚れにくい仕組みを作ったりと、役に立っています。
――サントリーの生産部門時代と比べて、モノを「作る」ことだけでなく、「売る」ことも仕事になりましたが、営業やマーケテイングを行う上で難しいことはありますか?
作ることと売ることをそこまで分けて考えていないですね。サントリーの工場時代から、消費者、お客様の顔を思い浮かべて作っていました。サントリーは顧客意識が高く、生産部門はトップから一貫してお客様主義ですから。口に入れるものを作っているので、工場見学などの取り組みを通して生産工程を見てもらい、安心をアピールして買ってもらうことを心がけていました。
今、農園でやっていることもその延長だと思っています。お客様主義、安全安心にかける意識は周りの農家に負けない自信があります。買って食べてくださる方からしたら、こんなに大きな虫食いは許されないだろうなとか、野菜が育つ様子をお客様にも楽しんでもらいたいとか、そういった感覚が品質へのこだわりや、販促のブログ執筆といった取り組みに生きているのだと思います。
――今後のお仕事の展望を教えてください。
今後は販路を少しずつ拡大したり、付加価値を付けたりして、ファンを作って極力お客様の顔を見られる形で販売できるようにしたいですね。その一貫として、野菜が育つ様子や収穫についてブログに綴ってみたり、試行錯誤しているところです。
生産者と購買者が直で受発注できる仕組みになっている新たな販路も検討しています。ちょうど関東に淡路島のたまねぎを販売したい業者があって、試験的に卸すことになりました。このようなつながりを今年も広げていきたいですね。
また、まだ構想段階なのですが、去年買った中古の家に離れがあるので、民泊を始めたいなと思っています。収穫期は手伝いの人に泊まってもらい、そのほかの期間は人に泊まってもらおうと。民泊や農業体験を通して、こんなところで作っている野菜を食べたい、と思ってほしいのです。
周りは自然豊かで、釣りができるしカブトムシなんかも捕れますから、自然体験や農業体験もセットにしてもいいなと。まだ準備中なので、進展があればブログで発信していきます。こういう工夫ができるのは自営業の醍醐味だなあと思います。
――最後に、現役サントリアンへメッセージをお願いします!
会社を出て、食に関わる仕事に携わってみて感じるのは、サントリーの生産現場の安心安全やお客様主義への意識は相当高い水準だということ。サントリーで通用するということは、外の世界に出てもモノづくりの現場で通用するということだと感じています。自信を持っていただければと思います。
最後に仕事の宣伝ですが、4月下旬くらいからたまねぎの注文を受け付ける予定です。5月下旬くらいから収穫して発送します。ブログも月一で更新しておりますので、よろしければご登録お願いします!
取材:白石 萌
▼ 多田農園
https://tadanouenawaji.wixsite.com/my-site
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