オピニオンリーダー志水静香さんに聞く「外資におけるアルムナイ」

アルムナビによるスペシャルインタビュー。今回は人事界のオピニオンリーダーの一人である株式会社Funleash代表の志水静香氏のインタビューをお届けします。

ギャップジャパンやランスタッドといった外資系グローバル企業の人事として、豊富なご経験をお持ちの志水さんに、「人事領域における日本と海外の違い」というテーマで話を伺うとともに、「海外におけるアルムナイ・リレーション」の実態に迫りました。

PROFILE

株式会社Funleash CEO 兼 代表取締役
志水 静香 

元ランスタッド取締役・最高人材開発責任者(CPO) 。大学卒業後、日系IT企業に入社。その後、外資系IT・自動車メーカーなどを経て1999 年ギャップジャパンに転職、人事本部長として人事制度基盤を確立。2013年、法政大学大学院政策創造研究科修士課程修了。2017年ランスタッド入社、取締役を務める。2018年10月 株式会社 Funleash設立。組織の枠を超えて積んだ経験が個人の能力を引き出すと考え、「越境学習」の観点から現在、大学やNPO,ベンチャー企業などの機関で組織開発・人材育成のアドバイザーとして活動中。

海外では「社員はいつか辞める」が大前提

———GAPやランスタッドといった海外のグローバル企業での経験を通して感じた、人事領域における日本と海外の違いについて教えてください。

21世紀になって、ある程度の変化こそあるものの、日本の雇用管理の特徴として、「新卒一括採用・職能資格制度・長期雇用保障」の3つが挙げられます。そのうち「新卒一括採用」や「職能資格制度」については、欧米企業の一部でも行われていますが、「長期雇用保障」は日本特有のものになっていると言えます。

実は、この「長期雇用保障」は様々な面で大きな弊害をもたらしている一因だと私は感じています。

———具体的にどのような弊害が発生しているのでしょうか?

この「長期雇用保障」がベースにあるがゆえに、多くの日本企業では、人事が「採用」にばかり重点を置きがちになっていると考えます。

実際、一度釣った魚にエサはあげないとばかりに、いったん採用さえしてしまえば、「社員はまず辞めない」ということを前提とした人事制度を構築している企業が多く見受けられますから。

聞くところによると、中には人事の中に採用機能しか持たない企業もあるほどです。

そうした中、社員も企業に長期雇用を保証されているために、ずっと働き続けられるということに甘え、キャリア形成そして能力開発や自己成長の努力をしないといった、言わばある種モラル・ハザードを生んでいます。

この「長期雇用保障」が、社員に「企業に雇用してもらっている」という感覚をもたらすという副作用もあります。これが高じて、社員は企業のもの、すべての主導権が企業にあると思ってしまうわけです。

日本の正社員は「いつでも・どこでも・なんでも」という三大要素を満たしていることが条件になっているように感じています。「長期雇用を保証してあげている」という前提のもと、企業から急な転勤を命られて単身赴任したり、何時間でも残業をさせられたり、どんな仕事でもやらされたりといったような事態を黙って受け入れなくてはならないわけです。

こんな時代遅れな人事慣行を行っている日本は大丈夫かと不安になります。

一方で欧米をはじめ、外資系企業では、「社員はいつか辞めるもの」という前提のもと経営、そして人事戦略を策定します

人事としては、社員は退職するリスクがあるため、採用そのものよりも採用後にどう活躍してもらうかということに注力します。在籍期間中は、社員に自社を魅力的に感じてもらい、個々の能力や技能を生かしてもらい、高いモチベーションを維持してもらわなくてはならない。経営者も人事もそのためのさまざま打ち手を考えるために相当な労力を割きます。

人事組織についても採用部門だけに注力せず、採用・育成はもちろん、社員一人ひとりのモチベーションやエンゲージメントをどう高めていくかの施策を考えたり、競争力のある報酬水準を提供することだったりと実に多岐に亘った機能分割がなされています。そしてそこには非常に専門性が高い優秀な人事のプロフェッショナルを配置します。

このような環境下では、社員自身も「この会社でキャリアアップしたいし、さらに活躍して報酬を上げたい。でも会社は永久に雇用を保証してくれるわけではない」という前提で働いているケースがほとんどですね。

言い換えれば、「会社にいる限りは自分が持っているスキルや経験を活かしてパフォーマンスを発揮したい」と思っているけれども、今いるところよりも良い企業があれば遠慮せずに出ていくし、自身でデリバー(職務を遂行)できなかったら、会社にいられなくなるかもしれないという緊張感を抱いて働いているということです。

だからこそ自分の能力を高めるために勉強するし、自分のキャリアを主体的に決めるのです。自分の能力を高めより付加価値の高いアウトプットを出すことが社員に期待されています。

実際に私もGAPやランスタッドといった日本にある外資系企業でそういった世界を見てきたのですが、これは決して国や国民性の問題ではなく、企業文化なのではと思っています。

経営者がその気になれば、外資系企業だけでなく、日本企業でもやろうと思えばできるということですね。

———では実際に企業文化を変えるためにはどのようなことが大切なのでしょうか?

まず、「魅力がない企業に社員は留まらない。優秀な人材であればあるほど市場価値が高いので外に出ていく」ということを、経営者がしっかりと認識することが大切なのではと思います。

ここにいることは自身のキャリア形成につながらない、正当な評価がされていないと感じれば社員は退職する。「より良い場所を選ぶために去ること」は社員の当然の権利であり、裏切り行為でもなんでもない。これらを経営者は常に覚悟をしておく必要があります。

とは言え、経営者にその認識を腹落ちさせるためには、社員側が「長期雇用保障」を前提としなくなり、主体的に動き出すというパラダイムの転換を実感する必要があります。

———まずは、社員の意識の変革が先に来るということですね。

はい、最近聞いた話ですが、大手IT企業からAI系のベンチャー企業に大量に社員が転入してしまったという事実を受けて、その企業が慌てて給与制度を見直した例はその典型だと言えます。

こうした世の中の変化やムーブメントに敏感でなくてはなりません。特に、企業側はこれから企業の中枢を担う「若手人材の価値観が多様化していること」を理解しておく必要があります。

「どうすれば良い人材が採用できるか」だけではなく、社員に自社を魅力的に感じてもらうために「どうすれば社員の可能性や潜在能力を最大限引き出して、ハッピーに、そしてやりがいを感じてもらえる場所にするのか?」という方向にシフトさせていく必要があるのではないでしょうか。

それがあたりまえになれば、いつか社員側も辞めるためにもそれ相応の市場価値がないといけないので、さらに努力し、結果として企業の成長に貢献することになります。

これって企業にとっても社員にとっても良いスパイラルをもたらしますよね。

これからの人事部は徹底的に個のニーズをくみ取り、個にシフトしていく必要がある

———「社員から動くことが企業を動かすことにつながること」を加え、副/複業や兼業、時短勤務、リモートワーク、フリーランスなどといった働き方が多様化しているなか、従来の「個人が組織に合わせる」ことよりも「組織が個人に合わせる」必要性が企業ならびに人事部に求められていると感じます。こうした潮流に対して企業側や人事部には、どのようなことが求められているのでしょうか?

社員をひとくくりにして全体管理をする、いわゆる「マス」の視点で人事施策を考えるのではなく、「個々」で社員を捉えて考えることが大切なのではないかと思います。これからの人事部はポリシーやマニュアルを守ることに固執せず、徹底的に個のニーズをくみ取り、柔軟に対応して動く必要があると思います。

つまり、個々のニーズを勘案しながらダイナミックに対応していかなくてはならないと感じています。

以前、「イスラム教徒である優秀なエンジニアの『ラマダン期間は自宅で作業をしたい』という要望には対応すべきか?いまは制度がないので断ってもいいか」という相談を受けました。ある大手日本企業の話です。

私は、その社員を採用するためにかけたコストや労力、今後の可能性も考えてはどうか。「いまは制度がない上に、ほかの社員に不公平という理由だけでダメ」という判断をした場合のリスクを伝えました。その社員のモチベーションを高め、企業に対する信頼を深めチャンスなので創造的な方法を考えてみては?と助言しました。

こういう時に日本では「その人のためだけに何かするのは不平等だ!平等じゃない!」という考え方をしてしまいがちです。不平不満を抑えるための横並び制度が非常に多いんです。

しかし「公平さ」こそ不可欠とはいえ、社員一人ひとりが平等である必要ではないと私は考えます。

平等な制度や施策を運用することだけでは不十分です。配慮すべきニーズが出てきた時に、個々に柔軟に適応する必要があるのではないでしょうか。どうしたらそれが可能になるのかをしっかり考え、効果的に行うことで社員のモチベーションを引き出す。それこそ人事の求められる役割だと考えています。

たとえば研修制度を考えてみましょう。日本企業では新入社員や管理職手前の社員に対して全員一律の研修を実施するところが非常に多い。それらの一括研修は本当に社員にとって意味があり、ビジネスに意義があるのか。また社員のキャリア形成の観点からも効果的なのか?

一方、海外の多くの企業では、研修一つ取っても全員が対象ではなく、ハイポテンシャルの社員に絞って実施しています。その企業の将来を担う人材がだれなのか経営幹部と人事が長い時間をかけて議論し、そういったエース人材に対して企業は集中的に投資します。

これを聞くと「不平等」と感じるのが日本での一般的な考え方かもしれません。しかし、別の見方をすれば、「これは一生懸命努力し成果を発揮している人にはよりチャンスを与える」という考え方でもあり、「今回自分は選ばれなかったけれど、次回は絶対選ばれよう」という社員の新たなモチベーションにつながるとも言えます。

そもそも、みんな平等で一緒のものを提供するのは実際に不可能だと思いますので、「結果の平等(同じものを全員一律に提供する)」ではなく「機会の公平(全員にチャンスがあるがその中で条件を満たした人に提供する)」のほうが望ましいのではないのかと思います。

多様性における「アルムナイ」という存在の重要性

———アルムナイ・リレーションも「組織が個人に合わせる」一つの例であるといえます。この「アルムナイ・リレーション」について、志水さんのお考えをお聞かせください。

アルムナイは「多様性」という観点でも、企業にとってとても重要な存在であると思います。

経営学的にも、同じような人と同じような場所で同じような仕事をしていると、イノベーションって起きにくいと言われています。異なる知と知の新しい組みあわせをイノベーションと呼ぶわけですから。また心理学的にも「自分が一番創造的になれて最高のパフォーマンスが発揮できる状態は自分がワクワクするとき」と言われています。

「では、どうしたらそうなれるのか?」という質問をよくいただきますが、「自分の中に多様性を持てるか?」「周りに多様性がある異質な人を集められるのか?」を追求することが大切だと答えています。

その点アルムナイは、自社との共通事項はありながら、違う環境で仕事をしている分、1つの職場でずっと同じような仕事をしてきた社員よりも多様性があるといえます。

異なる視点や経験、そしてアイデアを持つ自社のファンであるアルムナイが社外にいるからこそできる有効なアドバイスがありますしね。

「多様性から得られるもの」という意味では中途入社の社員よりも、もしかしたらアルムナイの方が重要な存在であるのかもしれないですね。

———昨年10月に創業されたFunleashの創業背景や事業内容についてもお聞かせください

人事のセミナーやイベントなどはたくさんありますが、さまざまな課題やイニシアチブを牽引し、かつ経営者のパートナーになれるような頼れる人事の人はまだまだ少ないと言われています。ですから、まずこの人事から底上げしなくてはいけない、それは私自身も含めてですが。

そこで私たちの事業の核である「ファンリーシュ・アカデミア」の中で、人事塾に似た人事のプロフェッショナル底上げのしくみを創る予定です。人の成長していく時の要素について、「7:2:1の法則」というものがあります。7割が実務、つまり仕事を通して成長する。2割が一緒に働く上司や同僚からの学び、そして残りの1割がいわゆる体系的な研修であるいうことが研究によって明らかになっています。

「ファンリーシュ・アカデミア」では、ここでしか学べないコンテンツを用意します。学者が教えるアカデミックなケーススタディにとどまらず、体系的な理論に加え、実務家から現場の経験を学ぶことで現場に持ち帰って使える実践的な学びを提供します。プロジェクト型やフィールドワーク、ワークショップのようなアクティブラーニング手法を取り入れ、このプログラムに参加する仲間から学べるようなスキームを考えています。真の意味で経営者や社員から信頼される人事プロフェッショナルになるためのマインドセットを身に着けられるんです。

また、「ファンリーシュ・アカデミア」に加えて、私たち自身がクライアント企業の現場に入りこみ、一緒に課題を見つけ、解決し、ともに実行するというサービスも提供します。企業に必要なスキルや知識を提供するのみならず、人事部自体の強化や育成もスコープに入れているんですね。

いわゆる「コンサルタント」と似ているように聞こえるかもしれませんが、明確に異なります。問題解決請負人である「コンサルタント」は課題を分析し、結果を報告し、提案しますが、課題解決に導けばそこで終了。

一方、私たちの場合は、経営者や人事とタッグを組んで人事チームを強化し、そのあとも軌道に乗るまで一緒に伴走します。伴走しながら人事戦略の展開を支援していくのです。さながら人事の成長請負人というべきでしょうか。

———志水さんが国内外から得た人事の知見が凝縮されているわけですね。「企業は人なり」という有名な言葉が、この新しい時代においてもまた新しい意味を持ち始めているのでしょう。

そうですね。新しいサービスなので多くの課題や障害もありますが、 チャレンジを楽しみながら模索してゆくつもりです。昨今、働き方改革の文脈で副業や兼業のトピックが議論されていますが、なかなか進まないのは、実は内向きで閉鎖的な人事部がボトルネックなのではないかと考えています。

実際ファンリーシュの事業活動に副業として参加してくれているメンバーもいます。彼らは自社でももちろん活躍していますが、ここでしか出会えないバックグランドがまったく異なるメンバーと新しい事業への挑戦を楽しんでいます。

自分が属する組織の業務をこなしつつ、副業や兼業をしながら自らの目的を実現する。そして自己成長を体現する。そんな最先端のかっこいい人事がいたら素敵な社会になります。

ともに学んだ仲間とともに組織を良くしたい、人事を変えたい、社会に変化を起こしたい。さまざまな志を持つ多才な仲間が集まる新しい共創コミュニティを形成できたらと思います。そういった仲間がフラットに成長できる場を作っていきたいと考えています。

Funleashについて

私たちのミッションは、あらゆる人の個性と能力を解き放ち、 信頼と感謝で満ちた世の中を創ることです。

人事領域において、深い経験・知識を持つプロフェッショナルが、社員の可能性を解き放ち、組織と個人の成長を「一緒に」創っていきます。

Unleash possibilities for inspiring experience

Funleash は、ストラテジックピープルパートナー(Strategic People Partner)
経営者・人事のパートナーとして、一緒に伴走します

– 戦略:経営・事業戦略を実現するための人事戦略をつくります
– 文化・風土:エンゲージメントの高い組織の文化・風土づくり
– 人事制度:成長段階に合わせた、アジャイル型組織設計・制度の構築支援
– タレントマネジメント:一人一人の可能性を引き出し、活躍できる場の創出

編集後記

経営者、人事、個人、それぞれに対しフラットかつ歯に衣着せぬ言葉でバッサリと語った志水さん。

「組織が個人に合わせる」時代になってきたからこそ、経営者に対しては「魅力がない企業に社員は留まらず、優秀な人材であればあるほど市場価値が高いので外に出ていく」ことへの認識を、人事に対しては、「マスの視点」から「個の視点」へのシフトを、個人に対しては「キャリアに対し主体的に動くこと」を求めました。

そうは言っても、特に経営者や人事担当にとって、既存の社内文化・慣習がある中で「変革すること」「多様性を受け入れること」は容易ではないのではないでしょうか。

志水さんは、だからこそまずは、「ウチ」と「ソト」の際にいる「アルムナイ」が企業にとって重要な存在だと語ります。アルムナイは、自社のことを理解しながら、社外にいるからこそできる有効なアドバイスができる存在なのです。

今後は、アルムナイと関係を築いていくことが、この変革への第一歩になってくるかもしれません。(アルムナビ編集部・築山 芙弓)