「退職者に向けた取り組みが、実は採用に効く」篠田真貴子、服部泰宏ら登壇・アルムナイ研究所シンポジウムレポート

11月16日、『アルムナイ研究所』の発足イベントが行われました。

人と組織の新しい関係性の在り方として注目を集めている「アルムナイ」に関する最新動向を基に、働き方や雇用に関して、日本企業が目指すべき方向性を考えるシンポジウムです。当日のプログラムは以下の通り。

  • 『日本企業の心理的契約〜組織と従業員の見えざる約束〜』の著者、神戸大学・服部泰宏先生による講演
  • 電通と中外製薬の人事担当者による事例発表
  • パネルディスカッション(『ALLIANCE』監訳者・篠田真貴子さんモデレーター)

本記事では、パネルディスカッションの一部をレポートします。

株式会社電通 キャリア・デザイン局 キャリアデザインプロデュース3部 ゼネラル・マネージャー 大門孝行さん(写真左下)
中外製薬株式会社 人事部部長 タレントマネジメントグループ 薬学博士 黒丸修さん(写真中央下)
PwCコンサルティング合同会社 組織人事・チェンジマネジメント シニアマネージャー 土橋隼人さん(写真右下)
神戸大学大学院 経営学研究科 准教授 服部泰宏さん(写真右上)
モデレーター・『ALLIANCE』監訳者・エール株式会社 取締役 篠田真貴子さん(写真左上)

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電通のアルムナイネットワークで「どんな関係性を築くか」は試行錯誤中

篠田:電通のアルムナイネットワークについて、手応えはいかがですか?

大門:登録はたくさんいただいていますが、その後の関係をどう構築していくのかは、まだまだ試行錯誤の連続だと思っています。「何を持って良しとするのか」は事務局でも毎回議論になるところで、思案中という状況です。

篠田:具体的にはどういうところに課題を感じていらっしゃるんでしょう?

大門: 元々はリアルイベントを年に一度やって顔を合わせながら、継続的にコンタクトを取ることを想定していました。

アルムナイの方たちから特にニーズがあったのはビジネス連携ですから、それをどう進めていくのか。そこにトライしていきたいと思っていたのですが、コロナ禍で接点作りが難しくなっている中、ダイナミックな連携はまだまだしきれていないとは思います。

篠田:電通さんは元々ビジネス目的の接点が多そうですね。

大門:一部で発生していたことは把握していますが、例えば電通側から働きかけて投資をし、一緒に事業をやっていくようなことをアルムナイの方からは期待されているかもしれない。そこに会社側が応えきれていないですね。

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会社のイメージも、個人と会社の関係性も、時代によって変わる

篠田:PwC Japanには、以前からあったアルムナイネットワークを活性化し、拡大したいというニーズがあったと伺いました。社内外でいろいろなことがあったのではと思いますが、差し支えない範囲で教えていただけますか?

土橋:アルムナイネットワークの充実にアドバイザー的に関与している立場から見えている姿についてコメントしたいと思います。公式なアルムナイネットワークがなくてもある程度機能してしまっているがゆえに、「すでにできているのになぜ組織化に取り組む必要があるのか」という話は出ていたと聞きます。

コンサルティングファームは終身雇用を前提とした組織ではないですし、個々のつながりでネットワークが構築されていて、これまでにも再雇用が発生していました。私自身、一度PwCを辞めた後に元の上司から誘われて、もう一度戻ってきた経緯があります。

また、再雇用や協業というメリットが先行してしまって、「今いる社員のエンゲージメントを高める」ことにも効果があることが伝わりきらず、取り組みの推進力が不足していた側面もあると思います。

篠田:私は約20年前に3年間ほどマッキンゼーに在籍していました。アルムナイの活動はかなり活発ですし、私自身も幹事をやっています。その中で感じている課題は、在籍していた時期によって「マッキンゼーとは」のイメージも、個人と会社の関係性も変わること。

例えば私がいた頃のマッキンゼーは、退職後に外資系大企業か投資ファンドにうつる人が多かったのですが、今では当時より人数が増え、ベンチャーにうつったり起業する人がたくさん出てきました。この違いが全員集まる時の温度感の違いとなり、アルムナイの組織に対する期待値の違いとなって表れていく。

つい私のマッキンゼーのイメージに合わせた企画をやってしまいがちですが、もっと最近のマッキンゼーを経験してきた方にフォーカスしないと、活動自体が停滞してしまう。ここをどうしていくのかが最近のテーマですね。

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中外製薬が「競合に行ったアルムナイ」ともつながる理由

篠田:中外製薬さんでは、競合に行ったアルムナイともつながっているのでしょうか?

黒丸:そうですね。アルムナイネットワーク登録時に勤務先は考慮していません。当社の場合は再雇用を主な目的としてネットワークを立ち上げてはいるんですけど、会社とつながりを持ちたいという希望さえあればウェルカムです。

また、社員の転職先が競合に当たるケースが多いのですが、戻ってきてくれることで中外製薬にいると気が付けない独特な常識や慣習を見直し、良いとこ取りをするきっかけになるメリットもありますね

篠田:「競合に行くなら縁を切る」という会社ではないのですね。これもアルムナイという組織が成立する一つの特徴なのかもしれないなと思いました。

黒丸:現状、退職後の進路を問わずとりあえずつながっていますが、その先にネットワークがどういう価値を生み出すのかは、正直なところまだわかりません。やってみて、何かが見えてくるのかなと思っています 。

篠田:服部先生は今日発表された電通さんと中外製薬さんの事例を聞いて、いかがでしたか?

服部:面白いなと思いました。アルムナイとの協業にはモデルがいくつかありそうですよね。業務を切り出しやすい業種はやりやすいのだろうと思います。

例えば人材系企業であれば、面接やエントリーシートの処理など、工程ごとに切り出してアルムナイに依頼をしやすい。アルムナイに仕事を切り出していることの認知が広まれば、そのことが求職者を引き付ける要素にもなり得るように思います。

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退職者に向けた取り組みが、実は採用戦略に効く

篠田:アルムナイに関心を持って、自社でも取り組もうと検討されている人事の方の中には、上の人を説得する難しさを感じている方もいると思います。そういう方から相談をされたとしたら、どのようなアドバイスをしますか?

土橋:人材の流動性が高い会社であれば、再雇用は一つありますよね。そうでない会社であっても、ジョブ型の人事制度や自律的なキャリア開発というテーマが人事の中でのアジェンダになっているのではないかと思います。

それらの取り組みに共通する思想は企業と人材は「お互いが対等」という発想だと思いますし、アルムナイも同じ文脈だと思うんですよね。今やっている・検討している取り組みを補完し、強化するものとして、アルムナイを考えたらいいのではと思います。

大門:個人的な感覚ですが、若い社員を中心に、「リモート環境になったことで組織へのロイヤリティーが保ちにくい」という話を聞くことが増えました。そういう中で、アルムナイネットワークに社員も入れてコミュニケーションができるようにするのは、ロイヤリティーを保つ上での一つの術ですよね。

若手層の就業観は変わってきているので、「辞めた後も会社が人を大切にする」という見え方になることも、ブランディングの意味でプラスだと思います。

黒丸:外部の方からも、在籍している社員にとっても、カムバック採用をウェルカムとする会社の姿勢自体が「懐が深い会社」として、ポジティブに映るのではないでしょうか。

やはり生え抜きの人材で固めている会社は、モノカルチャーっぽくなってしまい、どこかで閉塞感を持ってしまうところがあるのだと思います。そういう意味でも、自社のことも外のことも知る人が組織にいることは、会社としても良いことです。その辺から糸口を見つけていくのがいいのではと思います。

服部:逆説的ですけど、学生たちがよく言うのは「出口がしっかりしてる会社だからこそ、入り口が魅力的に映る」ということ。昔と価値が転倒しているんですよね。

社員が会社を出て素晴らしい人になっていくことが、逆に入り口を高める。それは会社からすると「いやいや長期雇用したいんだけど」と思うところであり、悩ましいことではありますが、そこに踏み込まなければ、若い人への訴求はできないのだと思います。

篠田:少しパラドックスのようにも聞こえますが、アルムナイは途中で辞めたい人向けの手当てのように見えるけれど、実はぐるっと回って採用戦略に効くということですよね?

服部:まさにそうです。しかも若い人たちは、比較的それを求めているのだと思います。

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