社員には「会社を辞める」選択肢が常にある。P&Gアルムナイの声から考える「終身雇用を前提としない」採用ブランディング

1月20日、ウェビナー『「辞めたけど良い会社ランキング」から考える「辞め方改革」の必要性。終身雇用を前提としない時代の採用ブランディングを考える』が開催されました。

登壇者は、社員のクチコミサイト『OpenWork』を運営するオープンワーク代表・大澤さんと、企業とアルムナイの関係構築を支援するハッカズーク代表・鈴木、「退職者が選ぶ辞めたけど良い会社ランキング2020」で3位にランクインしたP&Gアルムナイ・戸田さんの3名。

パネルディスカッションでは、「今でもP&Gのファン」だという戸田さんのリアルな声から、これから企業が目指すべき採用ブランディングについて意見が交わされました。その一部をご紹介します。

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オープンワーク株式会社 代表取締役社長  大澤 陽樹 さん(写真左)
株式会社リンクアンドモチベーション入社。中小ベンチャー企業向けの組織人事コンサルティング事業のマネジャーを経て、企画室室長に着任。新規事業の立ち上げや経営管理、人事を担当。2019年11月にオープンワーク取締役副社長に就任。2020年4月、同社代表取締役社長に就任

P&Gアルムナイ 戸田 武志さん(写真中央)
P&Gジャパン合同会社(以下、P&G)で、日本と韓国の採用/研修マネジャーとして活躍後、2011年に株式会社リーディングマークに参画し、現在取締役。P&G入社前は、ヤマハ発動機でカンボジア・ラオス地域での二輪製造販売事業を立上げ

株式会社ハッカズーク 代表取締役CEO 鈴木 仁志(写真右)
アルパイン株式会社を経て、T&Gグループで法人向け営業部長・グアム現地法人のゼネラルマネージャーを歴任。帰国後は人事・採用コンサルティング・アウトソーシング大手のレジェンダに入社。2017年ハッカズークを設立し、アルムナイとの関係を築くプラットフォーム『Official-Alumni.com』や『アルムナビ』を運営

“Build From Within”だけど、活躍している卒業生の話もする

OW大澤:P&Gは「退職者が選ぶ辞めたけど良い会社ランキング2020」で3位でした。P&Gアルムナイの戸田さんはこの結果をどう思いますか?

戸田:単純に卒業生としては誇らしいことだよなと思っています。P&Gアルムナイネットワークの中心的な先輩も喜んでいました。

OW大澤:辞めた会社のことを悪く言う人はいますけど、僕は今のところP&Gの卒業生からP&Gを悪くいう声を聞いたことがないんですよ。

戸田:そうですね、愛を持っている卒業生が多いのは感じます。アルムナイの先輩や後輩がこのランキングを見たら「マッキンゼーとGoogleに負けたのか!」ってリアクションがきそうです(笑)

HKZ鈴木:個人が社名を公表しているかどうかでも変わってきますよね。ネガティブなことをいう人は「某何々会社」といった言い方をすることが多いように思います。

OW大澤:鈴木さんからみて、辞めた人とうまく付き合っている会社の特徴や共通点はあるのでしょうか?

HKZ鈴木:いくつか観点はありますが、「辞めることもある」と考えているかどうかは大きいと思います。

OW大澤:人事や経営のポリシーとして、終身雇用前提なのか、それとも流動性がある前提で採用しているのかということですね。

HKZ鈴木:もちろん長く働いてほしいのは間違いないですし、その前提であるのは当然なんですけど、個人の視点でキャリアを考えた時に、外に出て行く選択肢はあるわけじゃないですか。その選択肢を認めているのがランキングに現れているんじゃないかと思います。

戸田:僕はP&Gで採用の仕事をしていましたけど、採用時に辞めることが前提なんて話はもちろんしません。むしろ“Build From Within”という、「自分たちのリーダーは外部から登用するのではなく、自社で採用して育成する」という人事ポリシーを聞いて入社する人がほとんどです。

”Build From Within(内部昇進制)”のポリシーはキャリア募集にも明記されている

戸田:とはいえ、一方では自分のキャリアを考えた時に辞めることもあります。だから元 USJの森岡毅さんやファミリーマートCMOの足立光さんをはじめ、卒業生が活躍しているという話も合わせてすることが多いですね。

「あなたのチョイスとしてずっとP&Gにいることも、辞めることも、どっちもあるよね」と、入り口の時点でフェアに話してもらえている。その実感がある人が多いから、退職してもP&Gのことが好きなんじゃないかと思います。僕なんて『パンテーン』でしか頭洗いませんからね!

OW大澤・HKZ鈴木:(笑)

戸田:子どもにも『パンパース』以外履かせたことありません!

OW大澤:最高ですね(笑)

「あなたは1年後もP&Gで働き続けたいと思っていますか?」

OW大澤:内部登用を前提に育成するからこそ「期待して育てたのに」と、辞めてしまった時のショックも大きいように思います。その点についてP&Gではいかがでしょう?

戸田:候補となる人材が一人しかいないとショックは大きいと思います。一方でP&Gの場合は全世界で人材のポートフォリオを組んでいる。

戸田:これは辞めることを前提にしているわけではなく、育成の観点から考えて、候補者が横で競争できるように、あらゆるポジションで複数の候補人材がいるようにセットされています。

辞める・辞めないの「点」の話ではなく、「線」で考えているからこそ、辞める側も後ろ髪引かれることなく気持ち良く、安心して辞めることができるように思います。

HKZ鈴木:会社として個人のキャリアをどう考えるか。個人に寄り添ってベストなキャリアを考えるときに、会社内だけのキャリアしか話せなかったらリアルじゃないですよね。会社外の可能性もひっくるめてオープンに話して、その結果として辞めることもある。

その時、「自社が負けた」と考える人事の方も少なくなかったですけど、最近は在籍時から良い関係性を築いているからこそ、辞める選択を受け止められる企業もだいぶ増えてきたように感じています。

戸田:今思い出したんですけど、僕がP&Gに入社した時に一番驚いたのがグローバルで年1回行われる社員向けの満足度調査でした。その中に「あなたは1年後もP&Gで働き続けたいと思っていますか?」という質問があるんです。

仕事を頑張っていればヘッドハンターから声がかかったり、より良いオファーがきたりするのが普通だと自覚した上で、「そういう機会があっても働きたいと思ってくれているか」を聞かれている。会社がこちらを向いてくれているのを感じましたね。

「勝負の場所」から「いちファン」へ

OW大澤:退職後のP&GやP&Gアルムナイとの交流について教えてください。

戸田:国内にフォーカスすると、会社がオフィシャルに運営しているアルムナイネットワークは現状ありません。有志のアルムナイの先輩方が中心となって、Facebookグループを運営しています。

さっき見たら約870人が登録していました。今年に入ってからすでに7件くらい投稿がありますね。

OW大澤:ネットワークに入ってよかったと思うことはありますか?

戸田:めちゃくちゃあります。コロナ前は年に1回開催されるリアルの集まりに70〜80人が参加していて、黎明期に在籍していた大先輩なんかも含め、そこで初めて出会う方がたくさんいらっしゃいました。

そこで自分が知らない昔のP&Gの話を聞かせてくれるんです。より愛着が湧きますし、人とのつながりができるのはやはりうれしいなと思いますね。

HKZ鈴木:在籍前と在籍中、在籍後の今で、P&Gへの見方が変わったことはありますか?

戸田:全体的にポジティブに捉えていますが、辞める前と後はだいぶ違いますね。

辞める前は仕事として関わっていたので、自分の時間の多く投資していましたし、勝負の場所という感じでした。一方で卒業した後はいちファン。その違いは大きいですね。

HKZ鈴木:もしP&Gからイベント登壇なんかの依頼がきたらどうしますか?

戸田:歓迎ですね。僕でいいんですか?っていうのは聞きますけど(笑)。900人近くいるアルムナイネットワークのメンバーの多くがポジティブな感情を持っているように感じますし、同じようにウェルカムなアルムナイがマジョリティーだと思います。

HKZ鈴木:その感覚が3位という順位を体現していますよね。

OW大澤:退職者が辞めた会社を非難するケースもありますけど、退職者と良い関係を築き続けるポイントはどういうところにあるんでしょう?

HKZ鈴木:やはりお互いが全く変わらない以上は、歩み寄るのは難しいですよね。例えば会社側が退職者がどういった点をネガティブに感じていたのかを把握して、その上で「今はこういうふうに変わりました」と変化を発信する。そうやって関係性を築こうとしていくと、結構つながれるんですよ。

HKZ鈴木:あとは会社が公式にアルムナイネットワークを運営するにしても、アルムナイ主体のアルムナイネットワークも続けているケースも多いです。公式にやることで生まれる価値もある一方で、辞めた人たちだけでカジュアルな場もほしかったりしますから。

アルムナイネットワーク、遠い昔に辞めた人にも声かける?

OW大澤:戸田さんに質問が来ています。P&Gのアルムナイネットワークの年齢構成はどんな感じでしょうか?

戸田:全員を把握しているわけではないので、オフラインのイベントに参加した時の印象ですけど、3つのレイヤーがあると思っています。

1つ目は60代以上の大先輩。無条件に可愛がってくださる、素敵な先輩方が本当に多いですね。

2つ目は40〜50代。ファミリーマートCMOの足立さんもそうですね。彼は一番忙しいんじゃないかと思うんですけど、それでもアルムナイネットワークの活動も一生懸命やってらっしゃるので尊敬しています。

そして3つ目が若い人たちですね。入社して数年で辞める人は少ないので、30歳前後からという感じです。

OW大澤:これからアルムナイ組織をつくろうとするときに、随分前に辞めた人にも声をかけるべきなのでしょうか?

HKZ鈴木:一般的には辞めた時期が近い人から声をかけることが多いですね。理由は2つあって、一つは会社とのカルチャーギャップが小さいこと。もう一つは年齢の問題です。

遡ると、中には現役世代ではない方もいらっしゃいます。もちろんそういうつながりもあっていいんですけど、目的がビジネスのつながりをつくることなのであれば少しずれてしまう。

あとは世代差がありすぎるとマウンティングを取り合ってしまうケースもあります。ポジティブに推進していくことを考えた時に、まずは現役世代にフォーカスすることが多いですね。

社員には「会社を辞める」オプションがいつでもある

OW大澤:退職者をどう考え、どういう関係をつくっていくか。会社にとってプラスにもマイナスにもなる話ですが、これから経営や人事はどう向き合っていくべきでしょう?

HKZ鈴木:先ほどお話した通り、会社としては社員が辞めることが前提なわけでも、辞めてほしいわけでもない。でも、社員には「会社を辞める」オプションがいつでもある。

これを会社が意識するようになると、企業と個人の関係はどんどん対等になると思います。

対等に考えていること自体がブランディングになるでしょうし、その結果として戸田さんのように辞めても『パンテーン』を使い続けるファンも生まれるんだと思います。ファンがいるのが一番のブランディングですよね。

戸田:同質性と多様性の二つが掛け合わさったコミュニティーやつながりが大事なんじゃないか。そんなことを今日お話していて思いました。

アルムナイのイベントで先輩方と初めて会った時に、初対面なのにすごくフィット感があったんです。共通点は同じ会社で働いていたことだけなんですけど、30年上の先輩でも似ているところがあるんですよ。グッとくる人が多いというか。

そういう同質性がある一方で、多様性もあります。時代ごとの味付けやファンクションの違いがあって、それが悪く作用すると壁になるんだけれども、前提に同質性があるから「先輩の時代はそういう商売をしていたんですね」と、違いが楽しみになっている感覚があります。

OW大澤:僕はアルムナイが集まる箱を用意すればいいんじゃないかと思っていたんですけど、そうではないというのが今日の学びでした。

自社の育成や人材登用をもっと柔軟にするためには、終身雇用を前提としない配置や育成の制度が必要です。そういう意味で、オフボーディング(退職時の一連のプロセス)も重要ですよね。

そうやって育成や人材登用、風土などを全て整備した上でアルムナイネットワークがつくれると、終身雇用を前提としない広い組織づくりができる。それが企業経営の一つの力になっていくのかなと思いました。

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取材・文/天野夏海