コロナ禍で早期退職に応じた2人のその後…「感情論は不要」「退職者フォローは真摯に」

コロナ禍で景気が悪化する中、早期退職を募る企業が出てきています。

どうしてもネガティブなイメージが強い早期退職ですが、実際に早期退職をした人は何を思うのでしょうか。2020年、自ら応募した2名にお話を伺いました。

1. 大手製薬会社のMR・35歳のケース

早期退職者のイメージ画像

早期退職に応募するまで

2014年から、大手製薬会社A社でMRとして働いていた松島さん(仮名)。早期退職募集があったのは、2020年秋のことでした。

「社長からオンラインの全社会議で、1000人規模での早期退職募集が発表されました。『会社として次のステップに進むための苦渋の決断』と淡々と話をしていた印象ですが、社員の間にはかなりの動揺がありました」

MRは医師に対して情報提供をする仕事。「コロナ禍で訪問ができない中、MRの存在意義はあるのか」という話はずっと出ていたそうです。

「早期退職の話自体は出るだろうと思っていましたし、10人程度の募集であれば業界的にそう珍しいことではないんです。ただ、今回は1000人規模。しかも締め切りが2週間後と短くて。さすがに驚きましたね」

対象は35歳以上で、基本給36カ月分を退職金に上乗せするのが条件。転職先が決まっていない不安はあったものの、条件の良さから「とりあえず手を上げた」と松島さんは話します。

「正直目がくらんだところはありますね。私は東京で働いていたのですが、実家は地方都市。いずれは地元に帰って薬局を経営したいと考えていたので、まとまったお金がもらえるのであれば良い機会だと思いました。その後、運よく地元に近いエリアの同業他社からお声がけいただき、無事転職もできました」

松島さんは35歳。「同じように30代で手を挙げた人は多かったらしい」と続けます。

「40〜50代がメインの課長職も対象だったので、会社としてはそこを一番狙いたかったのだと思いますが、蓋を開けてみたら一番手を挙げたのは30代だったようです。会社が人数目標を達成できたのかはわかりませんが、結構な人数が退職しましたね」

【退職者の資産化で新たな価値を】
●退職者の再雇用
●退職者への業務委託
●退職者分析で離職率低下
●退職者採用でブランディング強化
=>アルムナイ管理ツール「official-alumni.com」の詳細を見る

会社の対応

当時、出社と在宅勤務の割合は半々。退職の際も、最初のみ対面で退職願を提出して面談を実施、それ以降の手続きに関する話はオンラインで行われました。

「実は私の上司も早期退職に応募していたんです。なので『お前もか』という感じでした。早期退職への応募者は約1カ月間オフレコと通達されていたので、私も上司が辞めることを知らなくて。意外でしたね」

もともと離職率は高く、退職時の対応に関するマニュアルがしっかりあるというA社。退職まで手続きはすんなり終えたものの、「有給が消化できなかったのは残念」と松島さん。

「前に転職をした時は2カ月半有給を消化できたんですけど、今回は1週間しか休みが取れなくて。ただ、約2600万円もの退職金がもらえましたし、それほど大きな不満ではないですけどね」

振り返って思うこと

A社が早期退職を募ったことを、松島さんはこう振り返ります。

「個人的には納得しています。製薬業界は給与水準が高いですが、それだけの対価を支払う必要性があるのかは国からも指摘されている。今はMRという仕事の必然性が問われているタイミングであり、A社はコロナ禍を理由にしていましたけど、おそらくは以前から会社の方針としてある程度決まっていたような気もします」

早期退職応募者への対応については「良くも悪くもドライ」と続けます。

早期退職を募集するに至った経緯の説明や、退職者へのフォローはもっと真摯に向き合ってほしかったと思います。『辞める人は辞めてください、これだけお金を払いますので』という事務的な説明で終わってしまって、会社としてのビジョンの説明が不足していた印象です」

それでも松島さんはA社のことを「いい会社だったと思う」と話します。その理由はやはり多額の退職金にありました。

「これまで会社を主導してきた人に対する対価という意味で、わかりやすいのは金銭面だと思います。多少ドライだったとしてもお金のインパクトは大きいですね」

今回の早期退職募集を「自分のキャリアにとって良いきっかけになった」と松島さん。彼がそう思えるのは、地元で薬局を開業するという具体的な目標があったことが大きいといいます。

「通常の転職では次の目標を定めて転職活動をするケースが一般的ですが、早期退職の場合は次のキャリアを考える時間がないことも珍しくありません。普段から自分のやりたいことやビジョンをある程度考えておいた方が、急な事態にも対応しやすいように思います」

2. 太陽光発電の営業・39歳のケース

早期退職者のイメージ画像

早期退職に応募するまで

佐藤さん(仮名)が太陽光発電の営業として働いていたB社では、新型コロナウイルスの感染が広まり始めた2020年3月ごろから早期退職募集の噂が出回り始めました。

「実際に会社から発表があったのは5月中旬。メールで従業員全員へ通達がありました。これまでも業績や景気悪化を理由とした早期退職募集はあって、そういう時の空気感はわかっていたんです。何かありそうな気はしていましたし、『正式に決まったんだな』と冷静に受け止めましたね」

その後、上長が各メンバーと面談をし、意向を確認。営業部のマネジャーは15人前後のメンバーを見ており、年次が上の人から順に呼び出されたといいます。佐藤さんが上長と話をしたのは数日後のことでした。

「背景について説明があって、『あなたはどうしますか』と意思が問われた感じです。前に早期退職募集があったときはできれば残りたいと話したんですけど、今回はもともと退職を考えていたこともあって、すんなり受け入れました」

良くいえば体育会系、悪く言えばややブラックな社風に、入社当初から違和感を抱いていたという佐藤さん。それでも「給与水準が良いから」と折り合いをつけて6年間働いたものの、コロナ禍で考える時間ができたことが退職を決意するきっかけになったといいます。

「これまでは仕事が忙しくて先のことを考える余裕がなかったんですけど、在宅勤務になって初めて考える時間ができました。折しも間もなく40歳の節目。仕事への価値観やライフワークバランスなど考えた結果、この生活をあと20年続けるのは違うと思ったんです」

会社の対応

退職の意向を伝えてから退職するまでの期間は約1カ月半。同僚も上司も、それほど大きな反応はなかったと振り返ります。

「噂の段階から同僚と話はしていましたし、早期退職に応じたことで上司はかなり気を使ってくれたように感じました。変に感傷的になることもなく、事務的に話が進んだと思います」

「早期退職はむしろラッキーだった」と佐藤さん。

「通常のタイミングで退職を切り出していたら、引き止められていたと思います。前に退職をした時は面談を何度も組まれたのがつらかったので、そういうのが全くなく、変な感情のしこりも残らずに辞められたのは精神的に助かりました

早期退職の条件は給与1.5カ月分の支給。B社には退職金制度がないため、退職時にお金の支給があったこともプラスに働きました。その後は引き継ぎなど、やるべきことを淡々とこなし、最終出社日を迎えます。

「正直言えば、最終日は寂しい気持ちもありました。会社への違和感があったとはいえ、人との関係性はありましたし、業務への愛着もありましたから。コロナ禍なので送別会こそなかったですが、色紙をいただき、一通りあいさつ回りもできたのはよかったですね」

振り返って思うこと

B社が早期退職を募ったことに対して「会社には会社の事情があるので」と冷静な佐藤さん。頭で理解しながらもネガティブに受け止めてしまう人もいる中で淡々と受け止められたのは「会社を離れたい気持ちがあったから」だと振り返ります。

「ずっとB社でやっていきたい意思があったら『ふざけるな』と思っていたかもしれません。実際にそういう人もいましたしね。でも、私はそうではなかった。B社として倒産させないために人を減らしたいのもわかりますし、私は『ふざけるな』という社員と会社の中間にいたようなイメージです。だから良い機会だと割り切れたところはあったと思います」

むしろ「できる範囲内で良くしてくれた」と続けます。

「早期退職者へのケアもある程度あったので、私は悪い感情は持ってないです。求めればきりがないですけど、お金のほかに再就職先の支援もやっていたみたいですしね」

早期退職を募る会社に対して、「感情論は不要」と佐藤さん。

「家族がいる人や再就職が厳しい年齢の人に対して早期退職の話をするのは感情的なしこりが残ると思いますけど、少なくとも言い渡す側は淡々と事実を伝えることが重要かなと個人的には思います」

>>他の退職体験インタビューはこちら

取材・文/天野夏海