「産みの苦しみ」を乗り越えてでもアルムナイとの連携強化に踏み込んだ真意【ドリームインキュベータ×ハッカズーク】

2019年は、経団連会長やトヨタ自動車社長が「終身雇用を守るのは難しい」と明言し、いよいよ「1社に一生勤める時代」の終わりが見えた1年でした。

転職する人が増えるということは、自社のアルムナイ(卒業生)も増えるということ。2020年以降はますます「アルムナイ」への注目度が高まることが予想されます。

そこで「企業がアルムナイとの関係構築に取り組む意味」を改めて考えるべく、多数の企業のコンサルティングやベンチャー企業への投資育成に携わってきたドリームインキュベータ(以下、DI)の取締役・DI・原田哲郎さんと、DIアルムナイのお二人にお話を伺いました。

DIはアルムナイが投資先事業の経営に携わるなど、かねてよりアルムナイとの接点が強い企業。現在はさらなるアルムナイとの連携強化に取り組もうとしています。

「企業がアルムナイとのつながりを強化することにはリスクもある」というDI。それでも連携強化に踏み込んだ、その真意を探ります。

>>「アルムナイ」について詳しく知りたい方はこちら

アルムナイの存在が事業戦略にも影響する。ただ、これまでは情報の網羅性に課題があった

ハッカズーク・鈴木:これまでDIはアルムナイとどのようなつながりがあったのでしょうか?

DI・原田:アルムナイとのビジネス上での関わり方には2つのパターンがありました。一つはプロジェクトにメンバーとして入ってもらうパターン、もう一つが投資先の経営幹部に就いてもらうパターンです。

特に後者は「このポジションならあの人はどうだろう」と、候補者を幹部で議論することが多いですね。スキルの得意・不得意が分かっていますし、在籍中にプロトコル(手順・約束事)を共有している分、話が非常に早いですから。

あとは、アルムナイ同士でのコラボレーションというのもあるようです。DIを卒業した後も経営支援の仕事を続けている人が多いのですが、チームを作る場合に真っ先に声をかけるのは同じDIのアルムナイ仲間みたいですね。ベンチャーの経営幹部になったアルムナイが、他のアルムナイを何人も採用している例もあります。

右からアイペット損害保険株式会社 取締役常務執行役員 青山 正明さん、株式会社ペイロール 取締役 香川 憲昭さん、株式会社ドリームインキュベータ 取締役 原田 哲郎さん、株式会社ハッカズーク 代表取締役CEO 鈴木仁志

ハッカズーク・鈴木:アルムナイのオプションがあるかどうかが事業戦略自体に関わるわけですね。香川さん、青山さんはDIアルムナイとして、DIとどのようなつながりがありますか?

DIアルムナイ・香川:私の場合はたまたまゴルフという趣味があって、年に1回のDIゴルフコンペでは現役社員の方とお会いする機会があります。その際に近況を交えた情報交換をする中で、「この仕事お願いできないかな?」といった感じでお話をいただくことがありますね。

DIアルムナイ・青山:私はDIの投資先企業に所属しているので、日常的に仕事のつながりがあります。ただ、業務以外のこともフランクにご連絡いただけるのはアルムナイだからこそでしょうね。

ハッカズーク・鈴木:お二人とも卒業してもDIとのつながりがあるわけですね。アルムナイ側から見て、課題に思うことはありますか?

DIアルムナイ・香川:ボトルネックになっているのは、「こちらからコストをかけて情報を取りに行かなければ、アルムナイの現状がわからない」ことだと思います。全てのアルムナイが頭に入っているわけではないし、知っている人でも卒業後のことは把握しきれない。

DIアルムナイ・青山:DIアルムナイの現在のキャリアや経歴が見られるようになったら便利だと思いますね。クローズドなLinkedInのようなイメージです。アルムナイ同士も仲がいいので人間関係ベースでの付き合いはありますが、現状はアルムナイのネットワークとしてオーガナイズされているわけではないんですよ。

DIアルムナイ・香川:例えば掲示板みたいなものにニーズを書き込んだり、仕事を受けたいアルムナイが「今手が空いています」といったように発信できたりするといいですよね。

私はDI卒業後に複数社を経験しているのですが、DIと接点を持ち続けることが、結果的にはキャリアのオプションになっているような感覚があります。DIとアルムナイがお互いの近況を伝え合えればマッチングの機会は増えますし、そういうニーズは双方とも潜在的にあるのではないでしょうか。

DI・原田:会社としては、アルムナイの潜在ニーズに対して、縁の下でサポートするのが大事だと感じています。会社が出張りすぎてしまうと、卒業したのに管理されているような気持ちになってしまうアルムナイもいるかもしれませんから。

株式会社ドリームインキュベータ 取締役 コーポレート部門管掌 / アイペット損害保険株式会社 取締役
原田 哲郎さん

DI在籍期間:2000年10月~現在
関西学院大学経済学部卒業、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院修士。海上自衛隊、日本生命保険相互会社を経て、2000年に創業直後のDIに参加。IT、通信、製造、総合商社、卸、小売、建設等、様々な大企業に対する戦略コンサルティングや経営幹部育成、ベンチャー投資育成プロジェクトに従事。コーポレート管掌になってからは、戦略コンサルと投資育成の融合により大企業とベンチャーの両方を育成する新業態であるDI自体のインキュベーションにも取り組む

DI・原田:そういう前提で、会社としてはこれまで個別にやってきたアルムナイと自社案件とのマッチングを、もう少し網羅的にできるようにしたいと思っていました。本当はアルムナイにとっても我々にとってもプラスになったであろうことを、相当取りこぼしている自覚がありましたので。そう考えた結果、今回アルムナイに特化したシステムである「Official-Alumni.com」を導入することを決めました。

DIアルムナイ・香川:わざわざ連絡を取って久しぶりに会うこと自体、割と重いことではあるじゃないですか。私も高校の同窓会の幹事を去年やったんですけど、誰かがハンドリングをしなければ、卒業生のコミュニティはなかなか続かないですよね。だからDIアルムナイのネットワーク化も、現状は局所的にしかできていないんだと思います。

やはりある程度コミュニティーマネジメントのサポートが必要で、「これなら楽に参加できる」とアルムナイが思えるようになれば、OB/OGのネットワークにカジュアルに参加する人も増えるのではないでしょうか。

「卒業後のメリット」はブランディングや採用競争力にも影響する

ハッカズーク・鈴木:皆さんはコンサルティングのプロであり、経営者でもあります。その視点から見て、アルムナイの取り組みを企業としてやる意味は、どのような点にあると思いますか?

DIアルムナイ・香川:アルムナイとのつながりを厚くしておくことが、人材戦略の面で経営的な打ち手になるのではと思います。少子高齢化が進んで優秀なタレントを採用しにくくなった時に、採用以外の選択肢としてのアルムナイが重要になってくる。先ほど原田さんがおっしゃっていた通り、かつて一緒に仕事をし、プロトコルを共有しているメンバーなら仕事を頼みやすいですからね。

DIアルムナイ・青山:採用や営業という観点で考えた時に、話が圧倒的に早いというのは間違いないですよね。直接の知り合いでなかったとしても、相手が同じDIアルムナイであることがわかれば連絡がしやすい。会話の前提条件が整っているぶん、レスポンスもしやすいです。コミュニケーションコストは圧倒的に異なります。

写真左:株式会社ペイロール 取締役 / 株式会社HRテクノロジーソリューションズ 代表取締役社長
香川 憲昭さん

DI在籍期間:2001年9月~2007年1月(中途入社/退社時:マネジャー)
京都大学法学部卒業後、KDDI入社。 新規事業開発部門を経て、2001年にDIに参画。経営コンサルティング及びベンチャー投資業務に従事。2007年に株式会社JINSにて執行役員として経営企画室長、店舗運営責任者、総務人事責任者を歴任し、東証一部昇格に貢献。2014年に株式会社Gunosyに人事責任者として入社し、東証マザーズ上場を果たす。2017年9月より株式会社ペイロール取締役に就任し、営業・マーケティング部門統括及びHRテクノロジー分野の新規事業開発を陣頭指揮。2018年1月より株式会社HRテクノロジーソリューションズ代表取締役社長に就任。

写真右:アイペット損害保険株式会社 取締役常務執行役員
青山 正明さん

DI在籍期間:2004年4月~2016年3月(新卒入社/退社時:執行役員)
京都大学法学部を卒業後、2004年に新卒でDIに入社、 2015年6月に執行役員に就任。さまざまな業界大手に、経営・事業の戦略策定、セールス・マーケティング戦略、新規事業戦略やM&Aを含む事業開発戦略の立案・支援を実施。2016年3月にDIを退社。アイペット損保保険株式会社では、2012年6月に社外取締役、2016年6月に取締役常務執行役員に就任。2018年9月、株式会社ビザスク非常勤監査役、2019年12月、株式会社ABEJA非常勤監査役に就任

DIアルムナイ・青山:あとは信頼できるというのもありますね。DIでどのくらい働いて、どういうポジションに就いていたのかがわかれば、ある程度スキルや人望が想像できる。それはビジネス上、大きな意味があります。

DI・原田:私の世代と今の若い人たちでは、キャリアに対する考え方や、就職する会社のへの期待値が180度変わったと感じます。もはや定年まで1社でキャリアを築くことを前提にしている若い人はほとんどいないのではないでしょうか。政府も「人生100年時代は自分のキャリアを自分で考えましょう」と啓蒙し始めているぐらいですしね。

いずれ卒業することが前提となると、「今の会社にいることは、自分のキャリア全体で考えたときにどのような意味を持つのか」という捉え方になるでしょう。その答えを十分に用意できている会社はまだ少ないですが、これからは卒業後のメリットを提供できることがブランディングや採用競争力にも影響するようになるのだと思います。

DIアルムナイ・香川:私が眼鏡ブランドのJINSで採用担当に就いていたとき、「とある企業でのアルバイト経験」に高い評価を付けていました。なぜなら、その企業は素晴らしい接客のトレーニングを行なっているから。労働市場には「エンプロイアビリティ(雇用され得る能力)」という言葉がありますが、まさにそういうブランディングができているわけです。

エンプロイアビリティは全てのビジネスパーソンに必要ですし、意識の高い人ほど意識しているでしょう。そういう意味ではDIは十分な経験値が得られる会社ですから、DIのキャリアもブランド化されていくと良いなと思います。正直、今はまだアピールが上手くできていないようですが(笑)

DI・原田:こうやってDIを卒業した人から「外から見た今のDI」について聞けるのはとても意味のあることだと思います。頑張っていかないといけないですね(笑)

「アルムナイとの連携は強化した方がいい」は全員一致。それでも“現役社員の離職リスク”は大きな懸念だった

ハッカズーク・鈴木:魅力的なアルムナイと関わることで、「現役社員が辞めてしまうのではないか」と懸念する企業も多いです。その点についてはいかがでしょうか?

DI・原田:正直、その懸念はあります。卒業後のつながりを強化しようとしていますが、もちろんDIで長く働いてほしいというのが大前提。採用にも育成にも多額のコストをかけていますので、簡単に辞められてしまうのは非常に困ります。実際、今回「Official-Alumni.com」を導入するまでにも、その点は慎重に検討しました。

アルムナイとのネットワークを作った方がいいという総論はみんな理解していて、そのこと自体には誰も反対しない。ただ、各論になった瞬間に「それはリスクが大きいのでは?」と一気に難しくなってしまう。特に「アルムナイが現役社員に容易にアクセスできるようになったら、草刈り場にならないか」というのは大きな懸念でした。

ハッカズーク・鈴木:そういう懸念を抱きつつも連携強化に踏み込んだのは、どういった判断だったのでしょうか?

DI・原田:リスクがあるのは承知の上で、「リスクはマネージしつつ、プラスの部分を高めよう」というのが最終的な結論でした。「誰がどこで何をしているかを把握したい」というのが決め手でしたね。先述の通りアルムナイとの協業はお互いにメリットが大きいですから。他に「システムを導入すれば卒業時にアルムナイネットワークに入ってもらいやすい」というプラスもあります。

株式会社ハッカズーク 代表取締役CEO 鈴木仁志
カナダのマニトバ州立大学経営学部卒業後、アルパイン株式会社を経てT&Gグループで法人向け営業部長・グアム現地法人のゼネラルマネージャーを歴任。帰国後は、人事・採用コンサルティング・アウトソーシング大手のレジェンダに入社。2017年、ハッカズーク・グループを設立し現職。アルムナイ特化型システム「Official-Alumni.com」やアルムナイに関するコンサルティングサービスを提供。自身がアルムナイとなったレジェンダにおいてもフェローとなる

DIアルムナイ・青山:労働環境が変わり続ける中で、トレンドの変化に応じてリスクマネジメントしつつ、新しい考え方や仕組み、サービスを導入しようとする。そうやって新しいものを前向きに取り入れようとする、企業の姿勢自体が重要なのだと思います。そうでない会社は古い印象を持たれてしまいかねないですから。

ハッカズーク・鈴木:私は全ての会社がアルムナイとのネットワークを作るべきだとは考えていませんが、「これまでの日本になかったアルムナイというものを企業としてどう考えるか」を表明することは非常に重要だと思っています。問われるのは会社の信念ですよね。

DI・原田:例えるなら「組織を辞める=脱藩」というのがこれまでの日本の大企業の考え方だったと思います。「辞めたら二度と口をきかない」という恐怖心を伝え続けることで、辞めることへの逡巡を課する。あえて言うならば、それがアルムナイとの連携強化に取り組まないことのメリットだったといえるのかもしれません。

しかし、日本型の雇用慣行はすでに行き詰っています。一組織完結型の雇用はもう完全に終わっていて、流動性は高まっていく。当社としては日本型雇用慣行が変わっていく中の大きな潮流の一つとしてアルムナイを捉えていて、だからこそアルムナイに真正面から向き合ってサービスを展開しているハッカズークにDIとして投資もしています。

こういう抗えない大きな流れがあって、日本中が変わっていかなければいけないというのは、会社も個人もみんな理解しているでしょう。とはいえ、舵を切れば必ず失うものがでてきます。要するに「産みの苦しみ」への逡巡がある。

ただ、イノベーションには必ずディスラプション(破壊)の要素が付いて回ります。何かを捨ててイノベーションを取るのか、ディスラプションは嫌だからイノベーションを諦めるのか。アルムナイに取り組むかどうかは、言い換えればこういうことなのかもしれないですね。

>>アルムナイ特化型システム「Official-Alumni.com」の詳細はこちら

取材・文/天野夏海 撮影/吉永和久