終身雇用が崩壊しつつある中で重要性が増す、個人のキャリア自律。
キャリア自律とは、個人がキャリアを自ら考え、時代の変化に応じて主体的に築いている状態を指します。
最近では従業員のキャリア自律支援を行う企業も増えていますが、施策を検討する際に抜け落ちやすいのが「退職の視点」です。
実は企業が従業員のキャリア自律を追求していくと、自然とアルムナイにまで目を向けることになるのです。
キャリア自律を支援しながら、転職を否定する矛盾
終身雇用が崩壊しつつある今、個人のキャリア形成は企業内だけで完結する話ではなくなりました。
それゆえにキャリア自律支援の一環として、社内では得られない経験をすることを目的に、副業や出向、越境学習など、従業員が外の世界と接点を持つことを推奨する企業が増えています。
その一方で、従業員が自身のキャリアを考えた結果として「転職」という選択肢を取ることに対し、否定的なスタンスの企業は少なくありません。
ここで生じる疑問が「外部で新たな経験を積むことを推奨するのであれば、外の世界に次のキャリアを求める転職も一つの選択肢と言えるのではないか」ということ。
「社外で経験を積む」という観点で大きく捉えれば、転職もその一つ。キャリア自律に力を入れ、社外の経験やスキルアップの支援をしているのであれば、成長した社員が退職する可能性を考慮するのも自然な流れと言えます。
導入する企業が増えているジョブ型雇用についても、個人が自身のジョブを追求すれば「専門性を高めるために転職をする」という選択肢も自然と生まれるもの。ジョブ型雇用をうたいながら転職を否定することもまた、「ジョブを追求する」ことと矛盾するのです。
在籍期間中だけでなく、長期的に従業員のキャリア自律を支援する3つのメリット
とはいえ、キャリア自律の意識が高い優秀な従業員に辞めてほしくないのが企業の本音。
そこで重要なのが、「退職したら関係性も終わる」という従来の考え方から、「退職後も関係性を継続する」という長期的な考え方に切り替えること。
つまりはアルムナイネットワークによって退職後もつながりを持ち続けることです。それによって企業には3つのメリットが生じます。
雇用関係に限らないビジネスチャンスの創出
アルムナイネットワークを通じて接点を持ち、交流をすることによって関係性を継続すれば、アルムナイとの協業が生まれたり、他社で経験を積んだアルムナイが再び自社に戻ってきてくれたりといった可能性が生まれます。
要するに、従業員が退職した後も関係性を持ち続けようという姿勢を企業側が持つことで、たとえ雇用関係が切れてしまったとしても、別の形で一緒にビジネスを行うことができるのです。
既存の従業員のエンゲージメント向上
企業がアルムナイとのつながりを大切にし、「自社に在籍している期間だけでなく、生涯にわたってキャリアを応援している」姿勢を示すことは、既存の従業員のエンゲージメント向上にもつながります。
個人から見れば、会社が転職を含めたキャリアアップを応援してくれることは、自身のキャリア選択の幅を広げることに直結します。特にキャリア自律の意識が高い個人にとって、自分の望むキャリア形成を長期にわたって企業が応援してくれるのは大きなメリットと言えるでしょう。
なお、従業員のエンゲージメントが高いことは、良い辞め方にもつながります。急な退職などのトラブルを防ぎ、かつ愛着があるがゆえに退職後も古巣企業とつながりを持ち続けたいと思ってもらえる可能性が高く、アルムナイネットワークを通じたビジネス連携や再入社に自然とつながっていきます。
つまり自社に在籍している期間だけにとどまらず、従業員のキャリア自律を長期的に応援することが従業員のエンゲージメントを上げ、退職後にわたって自社と良い関係を築く好循環を生み出す第一歩となるのです。
ブランディング効果
転職や独立を含めたキャリア支援を行っていることは、「本質的なジョブ型雇用を行っている企業」という社内・社外へのアピールにもつながります。
人材の流動性が高まる今、「この会社で働きたい」と従業員が思える状態をつくることがリテンションと新規採用の双方の観点で重要であり、従業員のキャリア自律支援はそのための施策としても有効。特に転職を前提としたキャリアアップを想定している若い世代に向けたブランディングとして効果的です。
キャリア自律×アルムナイネットワークの企業事例
実際にキャリア自律の文脈からアルムナイネットワークを運営している企業も。
例えば、人材の多様性を創出する施策の一環として2022年3月にアルムナイネットワークの構築を開始したトヨタ自動車では、アルムナイが現社員へキャリア教育を行うなど、幅広いアプローチで多様な人材が活躍する企業風土づくりを目指しています。
ーーアルムナイとの関係構築を通じて、トヨタ社員にどのような影響を与えたいですか?
深江:トヨタで重要視されている「キャリア自律」に対してアルムナイが良い影響を与えてくれると期待しています。本当の意味でのキャリア自律とは、社外のことも知ったうえで、自分はトヨタで働いていると自己決定感を持つこと。そのために、まずは社外とトヨタを比較することがタブー視されない風土づくりに取り組んでいきたいです。そうしてトヨタ以外での働き方も知ったうえでなお、トヨタにいたいと思ってもらえるように会社として成長していかなければいけないと思っています。
引用元:トヨタ自動車が取り組む「アルムナイネットワーク」退職者との関係構築で人材の多様性を創出する
他に、「知見の拡大」「ネットワーキング」「人材・ビジネス連携」の3つの目的を掲げてアルムナイネットワークを運営する、みずほフィナンシャルグループの事務局インタビューからは、卒業したアルムナイのその後のキャリア形成を応援していることが見て取れます。
〈みずほ〉を卒業した方が外の世界で活躍してくださることは、現役社員にとってとても誇らしいことです。退職して関係が終わるのではなく、退職後もお互いがつながり、支え合いながら、「アルムナイの活躍が〈みずほ〉の誇りである」という考え方を浸透させていきたいです。
そうやってそれぞれが自身のキャリア形成の考え方に基づき、さまざまな経験を積み、一回りも二回りも大きくなって、再び〈みずほ〉に戻って来てくれたらこれほどうれしいことはありません。
引用元:『ジャパン・アルムナイ・アワード2022』グランプリ受賞・みずほフィナンシャルグループの取り組み
また、みずほフィナンシャルグループは社会動向レポート「経営戦略としてのアルムナイ」で、退職という選択肢も含めて従業員のキャリア自律を支援する重要性を指摘しています。
キャリア自律が促進された結果としての退職であれば、そして、多様な能力・経験を持つアルムナイとの協働により企業価値向上を目指すのであれば、企業は在籍社員の退職を徒に止めよう、減らそうとするのではなく、むしろ新たなチャレンジを応援した上で、退職後も良好な関係を継続できるよう努める必要がある
企業のためではなく、従業員のためのキャリア自律を考える
従業員のキャリア自律を考えるポイントの一つは、従業員とアルムナイを過度に切り分けないこと。
従来の雇用による関係性ではなく、雇用関係が終わっても関係性を継続する「終身信頼関係」の考え方を持つ。そして、自社の組織を従業員だけでなく、退職したアルムナイを含めた拡張組織として捉える。
雇用やキャリア形成の在り方が変わる中で従業員のキャリア自律を推進するには、「退職したら関係性は終わり」という考え方を大きく変え、転職や独立したアルムナイとつながることで、協業や再雇用などのメリットが自社に還元されるとポジティブに捉える必要があるのです。
中には、「仕事と成果に対して報酬を支払う」という考え方に基づき、雇用形態を問わず、従業員とアルムナイを適材適所に配置することを考える企業も出てきています。雇用関係を超えた終身信頼関係を構築し、企業と個人の双方のメリットを最大化させようとする取り組みです。
アルムナイの取り組みをすることで離職者が増えることを懸念する企業もいますが、キャリア自律とアルムナイが紐づいている企業ほど、その懸念は薄い印象です。
その根底にあるのは、「社員にとって良い会社であろう」という意志。結果的にアルムナイと現社員の交流も進んでいることが多く、それによって従業員が退職することがあったとしても、「選ばれる会社になれていない自分たちが悪い」と考える傾向にあるのです。
また、退職という選択肢を含めて従業員のキャリア自律を応援している企業は、アルムナイのことを従業員と同じように考えており、ゆえにアルムナイの取り組みをする際も「自社のために」ではなく、「アルムナイのために」という発想で物事を考えています。それが結果としてアルムナイからの支持にもつながっています。
あらゆる人事施策にアルムナイは関係する
本記事では従業員のキャリア自律とアルムナイの関連について説明をしてきました。
キャリア自律に限らず、ジョブ型雇用、多様なキャリア選択、ダイバーシティ、人的資本経営など、実はあらゆる人事戦略や施策にアルムナイは関係します。
企業の在り方や雇用、働き方が大きく変わる今、企業には抜本的な人事戦略の改革が求められています。キャリア自律をきっかけに、自社のアルムナイについても考えてみてはいかがでしょうか。