トヨタ自動車が取り組む「アルムナイネットワーク」退職者との関係構築で人材の多様性を創出する

技術革新により従来のクルマの在り方が問い直されています。

2019年、トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ)は自動車業界が直面する100年に1度の大変革の時代に合わせて、従来の自動車メーカーとしてのビジネスモデルを大きく転換し、モビリティカンパニーの実現を目指すと発表しました。

モビリティカンパニーを支える基盤となるのは人材の多様性。世界中の人々の移動に関わる、あらゆるサービスを提供するモビリティカンパニーへ変革していくためには、社内では得られない知見・経験を持った多様な人材の採用が必要だと考え、キャリア採用に注力を始めました。そのような背景から、人材の多様性を創出するための施策の一環として、2022年3月から『アルムナイネットワーク』の構築を開始しました。トヨタが多様な業界で活躍するアルムナイ(退職者)と退職後もつながり続けることで、アルムナイの再入社や現所属企業との協業、アルムナイが現役社員へキャリア教育を行うなど、幅広いアプローチを通じて、多様な人材が活躍する企業風土づくりを目指しています。

トヨタがどのような想いでアルムナイネットワークに取り組むのか、運営を担当するアルムナイ事務局にお話を伺いました。

※こちらは過去にトヨタ自動車に在籍していた方専用のネットワークです

プロフィール

トヨタ自動車株式会社
コネクテッド統括部 総括・企画室(写真右)
深江 堅允

生産本部人事室(写真中央)
楠元 太平

人事部 事技系人事室(写真左)
松野 早久良

トヨタが退職の文化を本気で変えようとしていることを伝えたい

ーーまず、トヨタがアルムナイネットワークに取り組む目的とその経緯について教えてください。

深江:トヨタはモビリティカンパニーを実現するために、多様な個性や価値観を持った人材が活躍する企業風土づくりに取り組んでいます。そんな中で、私たち人事の若手メンバーを中心に全社的な人事施策に取り組むプロジェクトが発足しました。施策の議論を重ねる中で、多方面で活躍しているアルムナイ(退職者)に目を向ける必要があるのではないかという話が上がりました。

長い年月をかけてトヨタが作り上げた文化をいきなり社外の人に否定されると、当然反発も生まれて、結果的に何も変わらない。だからこそ、社内外両方を知るアルムナイがトヨタの大事にしているコアの部分を尊重しながら、社外の知見・経験を伝えてくれることには大きな価値があります。

そして、アルムナイもアルムナイ同士で新たなつながりが生まれたり、社員にとってもアルムナイの現在を通じて自身のキャリアを見直す機会になったりと、トヨタに在籍していたことがアルムナイと社員双方にとって価値となる取り組みだと考えてアルムナイネットワークを立ち上げました。

ーーアルムナイネットワークに取り組むにあたって、不安なことはありませんでしたか?

深江:トヨタ公認でアルムナイネットワークを立ち上げる前から、有志のアルムナイが運営するネットワークの存在は知っていたので、アルムナイに必要とされているだろうとは思っていました。個人としても仲の良いアルムナイはいましたし、そういった個人同士の繋がりのある社員も少なからずいました。ただ、アルムナイ対会社となると、どこか壁があったような気がします。そのため、組織としてトヨタを見たときに退職した元社員とつながり続けるという世界観を今すぐに受け入れられるのかについては疑問を抱いていました。

ーーあえてトヨタ公認でアルムナイネットワークに取り組む意義はどこにあるとお考えでしょうか。

深江:トヨタ公認でアルムナイに取り組むこと自体が、今までトヨタに根付いていた退職の文化を変えようとしているというメッセージになります。また採用面においても、トヨタは今まで再入社を歓迎していると明確に発信できていませんでした。トヨタ公認で運営しない限り、このようなアルムナイに対するトヨタのスタンスは伝えられなかったと思います。

松野:アルムナイ視点でも、トヨタ公認のネットワークを通じて、トヨタの内部へ入り込みやすくなるはずです。以前はアルムナイがトヨタと協業のアイデアを思いついても、よほどの関係性がない限り提案できなかったと思いますが、公認のつながりであることでアルムナイからトヨタへフラットに相談できるようになると思います。

これは逆も然りで、トヨタがアルムナイに協業のお誘いをさせていただくこともあるかもしれません。トヨタ公認で取り組むからこそ、トヨタとアルムナイが垣根を越えて協力し合える関係性になれると思います。

トヨタに在籍していたことがアルムナイの共通言語となる

ーーアルムナイはどのような目的でネットワークに参加しているのでしょうか。

松野:アルムナイ同士でつながることを目的に参加している方が多い印象です。ハッカズーク社のアルムナイ専門サービス『Official-Alumni.com』では、複数のトークルームを作成することができ、その中でもお互いの近況を共有し合うルームや雑談ルームがよく利用されています。また、他のアルムナイの現在を知れる名簿機能や個別に連絡できるダイレクトメッセージなどライトな機能もよく利用いただいております。

深江:もちろん、どのような目的でご参加いただいても構いません。正直なところ、我々もアルムナイに対してどのような貢献ができるか模索しながら取り組んでいます。そのため、アルムナイから「こんなことやりたい!」とどんどん声をあげてもらいたいです。たとえ、トヨタに直接のメリットが無くても、アルムナイ同士でメリットを感じていただける取り組みであれば事務局もサポートします。

ーーネットワークを立ち上げたとき、アルムナイからどのような反響がありましたか?

深江:とてもポジティブな反響が多く、辞めてもトヨタを好きでいてくれていると実感しました。中には「やっとトヨタも始めてくれたか!」「トヨタとこんなことやりたいとずっと思っていたんだけど、どうかな?」というアルムナイの声もいただき、非常に嬉しかったです。

メディアで取り上げられたことに対するアルムナイのリアクション

ーー今まで行った中で印象に残っている取り組みを教えてください。

松野:立ち上げ初期に開催した人事アルムナイの交流会が印象的でした。初めてのアルムナイ交流会で盛り上げられるか不安でしたが、在籍時からお世話になった先輩はもちろん、初対面のアルムナイの方々とも自然に話すことができました。トヨタに在籍していたという共通点があることが話しやすさにつながっているのだと思います。その後のイベントでも「元トヨタ」同士だから話しやすいという感想を多くいただきました。

楠元:Jリーグ参入を目指すサッカークラブの運営に携わっているアルムナイと所属する元プロサッカー選手に講演をしてもらいました。まず何よりも、ファンを熱狂させるために運営も選手自らも非常に高い熱量を持って取り組んでいることが伝わり、非常に刺激になりました。また、一見トヨタの事業内容とは関係の無さそうなスポーツクラブの運営ですが、地域密着のコミュニティ形成に取り組んでいるという共通点があり、アルムナイから他分野の話を聞くことがトヨタの事業の発展のヒントになり得ると実感できました。

実はこの講演には現役社員も参加していて、アルムナイの多様な活動を知ることが社員にもポジティブな影響を与えると社内の理解を得るきっかけになったイベントでもありました。

ーーどちらもアルムナイならではの面白さですね。深江さんはどの取り組みが印象に残っていますか?

深江:私は都市対抗野球にアルムナイを招待した際に、アルムナイもトヨタのユニフォームを着て一緒に応援している姿を見て、胸にグッと来るものがありました。アルムナイにとってトヨタとつながり続ける価値は何だろうと議論を重ねて、施策を試してみては思うようにいかないこともあり、悩むこともありました。しかし、アルムナイへの価値提供という軸をブラさずに続けていると、アルムナイの中でも異なるニーズを持ってネットワークに参加していることがわかりました。

同じユニフォームを着てトヨタ社員と肩を並べて応援したい人もいれば、トヨタとの交流よりトヨタアルムナイとのつながりを作りたい人もいる。人それぞれの距離感でトヨタと関われるようなネットワークにすることが重要だと実感したイベントでした。

アルムナイは社外の経験を還元してくれる貴重な存在

ここからは東京オフィスでキャリア採用拡大をリードしている千々岩 真志さんもインタビューに加わりお話を伺いました。千々岩さん自身も2年前にトヨタへ転職してきた経緯があり、現在はアルムナイ事務局の一員としてアルムナイ採用を担当しています。

トヨタ自動車株式会社
人事部 事技系人事室 主任
千々岩 真志

ーーアルムナイに1年半以上取り組んでいる中で、人事部内でアルムナイの取り組みに対する評価も変化していると思います。どのように社内の理解を得ていったのでしょうか?

松野:昨年までで言うと、モビリティカンパニーを目指すトヨタにとって社内外を知るアルムナイがいかに重要であるかを社内でも発信しながら地道に取り組んでいました。

今年に入ってからは、より良い会社にするヒントを得るために退職理由を正しく理解したい、トヨタに興味を持ち続けてくれている方に会社のリアルな情報を届けたい、という出口戦略としてのアルムナイのニーズが人事の中で高まり、結果としてアルムナイネットワークを推進する追い風となりました。

ーー千々岩さんはキャリア採用で入社してからの2年間で、社外人材を受け入れる土壌ができ始めていると身をもって体感されているのではないでしょうか。アルムナイの皆様も具体的にどういった点が変化しているのか気になると思うので是非教えていただきたいです。

千々岩:仰る通り、私の入社当時と比較するとキャリア入社者を受け入れる制度は非常に充実してきています。一例をあげると、キャリア入社者が早く活躍できるよう、全社的にオンボーディングガイドラインを策定しました。キャリア入社者は即戦力だと思われがちですが、社内の人間関係が十分に築けていないうちから活躍できる人はほとんどいません。

これまでは一部の職場が自発的にオンボーディングに取り組むことはあっても、全社的なガイドラインを発信できていなかったため、オンボーディングの概要や必要性に加え、定期的な1on1ミーティングやメンター制度など基本的な取り組み方から丁寧に作成しました。また、全社共通の内容にせず、各職場の環境に合わせてアレンジした内容を実施してもらうことで使ってもらいやすいものにしています。こうしたオンボーディング制度をはじめとして、今まさに受け入れる土壌が出来つつあると捉えています。

楠元:働き方ひとつとっても非常に多様化していますよね。最近では、お子さんが18歳になるまで時短勤務ができるようになったり、男性育休も希望者は100%取れるようになったり、在宅勤務が増えていたりと、育児や介護をしながら安心して働けるような両立支援に力を入れています。このような新しい取り組みが社内をどう変えているかなど、中にいないとわからない変化をアルムナイの皆様にも発信していきたいです。

ーーキャリア入社者を受け入れる体制が整備されているなか、アルムナイ採用の特設ページを開設して、トヨタも本格的に再入社を受け入れると発表したことが話題になりました。トヨタの再入社制度の概要と取り組む背景について教えてください。

千々岩:トヨタのアルムナイ採用制度はキャリアアップややむを得ない事情で自己都合退職されたアルムナイを対象に、社外での経験や学びを再びトヨタで活かしていただくための再入社制度です。

アルムナイはトヨタへの理解が高いことに加えて、社外の経験を還元してくれる貴重な存在であると捉えており、再入社後の活躍に非常に大きな可能性を感じています。あくまでもキャリア採用の一環としてフラットに選考しますが、トヨタにポジティブな影響を与えてくれると期待しています。

ーー現在のトヨタのアルムナイ採用の状況について改めて教えてください。

千々岩:始めたばかりなので、採用実績はまだ少ないです。ですが、先日各メディアに大きく取り上げていただいたことで、SNSなどで「再入社に興味あります!」とメッセージをいただくなど、以前と比べるとこの短期間での応募は増えています。

ーー再入社後の配属は在籍時と同じなのでしょうか?

千々岩:在籍時の部署に復帰したいというお声をいただくこともありますが、アルムナイ採用制度自体はフラットに選考することを心がけているので、在籍時とは異なる部署や役割でのチャレンジもできるようになっています。

22年度のキャリア採用比率は47%だったのですが、実はそのうち約7割は他業界からの転職です。トヨタ退職後に異分野で経験を積んだアルムナイも多くいると思うので、別のポジションでの応募も大歓迎です。

※こちらは過去にトヨタ自動車に在籍していた方専用のネットワークです

社外も知った上でトヨタで働いていると言えるように

ーートヨタのような大規模で歴史の長い企業でアルムナイの取り組みを推進してきて、さまざまな苦労があったと思います。1年半続けてこられたのは、事務局の皆様のどのような想いがあったからなのでしょうか?

松野:社員が持つエネルギーだけで自社の文化を変えていくことはものすごく大変です。だからこそ、今までトヨタには無かった社外からの良い刺激を受けることで、多様な個性や価値観を受け入れる土台が作られるのだと思っています。

今後もアルムナイの取り組みを続けていくために企業にとっての短期的なメリットを生み出す必要がある一方で、アルムナイとつながりを持ち続けていることが10年先のトヨタをより良くすると信じているので、ワクワクして取り組むことができます。

楠元:トヨタに在籍していた時から、言ってしまえば組織の中で個々につながり合っているだけに過ぎなかったはずです。退職時に個々の間でトラブルがあったわけではないのに、現役社員と元社員という関係になった瞬間に、そのつながりがタブー視されてしまうのは素直に悲しいですよね。

しかし、トヨタが積極的にアルムナイに取り組むことで、退職時にトヨタとアルムナイの間に生まれていた壁が無くなりつつある。それを実感できていることがモチベーションにつながっています。

深江:アルムナイネットワーク運営を若手メンバー主体で比較的自由に取り組ませてもらっているのが、今までモチベーション高く続けることができた要因の一つです。トヨタの文化を変える仕事をここまで任せてもらえていることが個人的には貴重な経験です。

定量的にアルムナイネットワークの価値を問われるとまだまだ説明が難しい部分もありますが、たとえ一歩ずつでも、歩みを止めずに続けていくべきだと信じて取り組んだ結果、このように外部公開できるまでになりました。協力してくださるアルムナイのためにも、いつか実を結ぶと信じて続けてきて良かったです。

ーーアルムナイとの関係構築を通じて、トヨタ社員にどのような影響を与えたいですか?

深江:トヨタで重要視されている「キャリア自律」に対してアルムナイが良い影響を与えてくれると期待しています。本当の意味でのキャリア自律とは、社外のことも知ったうえで、自分はトヨタで働いていると自己決定感を持つこと。そのために、まずは社外とトヨタを比較することがタブー視されない風土づくりに取り組んでいきたいです。そうしてトヨタ以外での働き方も知ったうえでなお、トヨタにいたいと思ってもらえるように会社として成長していかなければいけないと思っています。

千々岩:アルムナイとの協業や再入社を通じて社外を知ることは実際の仕事にも非常に活きてくると思います。たとえば、仕事の進め方ひとつとっても、企業によって全く異なります。コンサルファームであればスピード感を持って仕事を進めるし、スタートアップであればアジャイルに進めていくことが当たり前です。そういう社外のエッセンスを「トヨタらしさ」を否定せずに加えてくれるのがアルムナイの良さだと思います。社内外のどちらも知っているからこそ、バランスよく社外の知見を取り入れてくれることを期待しています。

トヨタアルムナイへのメッセージ

ーー最後に、アルムナイの方へメッセージをお願いします。

千々岩:モビリティカンパニーを目指すうえでアルムナイの皆様の知見は必ず求められますので、トヨタへの再入社に興味があるアルムナイは遠慮なくご連絡ください。立場上、採用観点を中心にお話させていただきましたが、アルムナイネットワークは再入社に興味がなくてもお気軽にご参加いただけるコミュニティを目指しています。アルムナイの皆様はいつまでもトヨタの一員ですので、ふらっと立ち寄れて近況報告し合う、そんな関係性になれたら嬉しいです。

松野:私もアルムナイの皆様にはいつまでもトヨタの一員だと思っていただきたいです。そのためには、退職時にアルムナイが後ろめたさを抱くことなく、新しい環境での活躍を後押しできるような職場の雰囲気づくりからだと考えています。この取り組みをきっかけに、辞めてもつながり続けることをトヨタの中で当たり前にしていきたいです。

そうして外の世界へ挑戦していったアルムナイがいつまでもトヨタらしさを持ち続けることで、「トヨタ」が自然と社会に溶け込み、トヨタとトヨタアルムナイが社会をもっと良くしていくような世界が作れたら嬉しいです。

楠元:アルムナイの皆様には既に伝わっていると思いますが、トヨタは確実に変わろうとしています。そして、終身雇用を前提とした就業観が根づく中で、社員をいかに気持ちよく送り出すか、アルムナイにどのような価値を提供できるかなど、まだまだ模索している途中です。変わろうとしているトヨタを応援していただけたら嬉しいです。

そして、応援してもらえるようにトヨタももっと頑張らないといけません。刺激し合い応援し合うような関係性を築いた先に、「また一緒に働こう」と協業や再入社が生まれたら嬉しいです。

深江:大切なことは、アルムナイからの意見を率直に受け止めることです。本当にアルムナイが再入社したいと思うような魅力ある企業になれているのか、社外も知ったうえでトヨタで長く働きたいと思ってもらえるような企業になれているのか、常に客観点な視点で振り返り、変わり続けなければいけません。

これはアルムナイネットワークにおいても同様で、アルムナイが参加したくなるような発信とつながり続けたいと思ってもらえるような取り組みが必要とされています。そのため、アルムナイからの「こんなことできたら面白い!」という声をどんどんお待ちしています。

最後に改めてになりますが、トヨタのアルムナイネットワークは決して協業や再入社のため”だけ”のコミュニティではありません。人それぞれの距離感でトヨタに関わり続けることができるコミュニティを目指していきますので、お気軽にご参加ください。

※こちらは過去にトヨタ自動車に在籍していた方専用のネットワークです