オープンイノベーション時代の人材ネットワーク活用法 [前編]

日本鋼管(現 JFEスチール株式会社)を経て、GE 人事責任者、LIXIL 副社長を歴任するなど、日本の人事を代表するオピニオンリーダーである八木洋介さん。オープンイノベーション時代における、アルムナイをはじめとした人材ネットワーク活用についてインタビューしました。前・後編でお送りします。

PROFILE

株式会社people first 代表取締役
株式会社 ICMG 取締役/株式会社 IWNC 代表取締役会長長
八木 洋介 

1955年生まれ。1980年に京都大学 経済学部 卒業、1992年にマサチューセッツ工科大学スローン経営大学院MS取得。1980年に日本鋼管株式会社(現JFEスチール株式会社)入社。1996年から1998年までNational Steel Corporationに出向(CEO補佐)。1999年に GE横河メディカルシステム株式会社入社。2000年から2004年までGE Medical Systems Asia、2005年から2008年までGE Money Asia、2009年から2012年までGE Japanにて責任者として人事などを担当。2002年より日本ゼネラル・エレクトリック株式会社取締役。2012年 株式会社住生活グループ (現 株式会社LIXILグループ )執行役副社長 人事・総務担当。Grohe, American Standard, Permasteelisaの取締役を歴任。2017年株式会社people firstを設立して、代表取締役(現任)。2017年株式会社ICMG取締役 及び 株式会社 IWNC 代表取締役会長(現任)。経済同友会幹事 人財活用委員会(2013年度)、新しい働き方委員会(2014年度)、雇用・労働市場委員会(2015、2016年度)、新産業革命と規制・法制改革委員会(2017年度)において副委員長を務める。現在、複数の東証一部上場企業などのアドバイザーを務めている。著書に「戦略人事のビジョン」。活発に講演活動を行い、雑誌などに記事多数。

 アルムナイはオープンイノベーション体制構築のきっかけになりうる

——近年、アルムナイをはじめとした、「雇用関係にとらわれないネットワーク」が重要視されている背景にあるのは、どんな潮流なのでしょうか?

21世紀はイノベーションの時代。そのイノベーションを生み出すために前提となるのがダイバーシティです。単一の価値観に閉じこもっている環境では、限られたアイデアしか出てきませんよね?

グローバル競争を勝ち抜いている企業は、すでに社外からも貪欲にアイディアを求める「オープンイノベーション」の大切さに気付いています。社内の積極的なダイバーシティ推進はもちろん、クラウドソーシングや、アライアンスの考えに基づいたアルムナイ活用など、旧来の雇用関係だけに限らない人材のネットワーク化を推進しています。

逆に言えば、それらをないがしろにしている企業は、チャンスに対して目を塞いでいるようなもの。当然、勝てるわけはありません。

——今後、企業人事は社内にとどまらず、アルムナイなどの社外リソースを含むすべてのリソースを活用し、要となる人材のネットワークを構築していく役割を担っていということでしょうか?

はい。とはいえ、闇雲に社内外の人材を集めればいいというものではなく、一本筋の通った人事戦略が欠かせません。それなしでは、組織はバラバラになってしまいます。

その人事戦略が存在、または機能していないとしたら、考えられる最大の原因は経営のゴールが設定されていないこと。つまり、その企業にとっての「勝ち」が定義されていないことなんですね。

そのゴールとは無関係な「戦術」の寄せ集めでは「戦略」たり得ませんし、一生懸命他社のベストプラクティスを探してきて取り入れることも「戦略」ではありません。GE時代は、ベストプラクティスの宝庫なこともあって、いろいろな企業が尋ねてきましたが、当然GEのベストプラクティスを真似するだけで勝てる戦略を作れた企業などありません。大いに参考にしていただいたとは思いますが。

そもそも企業は、差別化が必須ですから、人事も差別化から逃れることはできません。ベストプラクティスで「みんな同じ、前へ倣え」なんてもってのほか。それは戦略ではなく、過去を踏襲し続ける、「文化」の発想でしょう。

人事が戦略ではなくて文化になってしまっているから、このオープンイノベーション時代においても、いまだ企業への滅私奉公がいまだ美徳とされているわけですね。そういえば、「会社辞めた人に言われたくありません!」という言葉を聞いたことがあります。滅私奉公の枠組みから外れた途端、裏切りもの扱いなんです(笑)

今は自分を殺して組織に奉仕する時代ではなく、自分を生かす時代。むしろ自分を最も活かせる舞台を自分で選ぶ時代です。

——社外リソースの中でも、特に「アルムナイ」には社内からの心理的な抵抗が強いということでしょうか?

でも、よく考えてみてください。会社へのロイヤリティが高くて一生懸命働いているけれども、戦略上機能しない人よりも、外に機能する人がいれば活用すれば良いだけの話ですよね。当たり前な話です。それがアルムナイかどうかは関係ない。むしろ、アルムナイは組織的もしくは個人的につながっているわけで、真っ先に活用すべきリソースだと思っています。

もう30年前の話になりますが、日本鋼管(NKK)時代、上司の人事部長から「辞めた人で戻りたいって人がいるんだけど、戻すべきだと思う?」って相談を受けたのですが、若き私は迷わず「絶対、呼び戻してください!」と進言したものです(笑)

というのも、彼はNKKが嫌いで辞めたわけではなく、逆に、辞めてみたら「いかにすばらしい会社だったのか」と気付き、再チャレンジしたいという話だったので、必ずパフォーマンスを発揮するはずだと考えたのです。外を見て戻ってくることはマイナス面よりプラスの方が圧倒的に大きいと思いますね。

人事戦略は、突き詰めればシンプルな話で、組織が最高のパフォーマンスを達成するために、各ポジションに最適な人材配置するということ。その人材が社内よりも社外にいるなら獲得しに行く、アルムナイにいるなら、声をかける。その選択肢を自ら捨てるなんてとんでもない話です。

「一度辞めた人間であろうが、必要ならば活用する」という企業が生き残る

——企業はなぜアルムナイを不要な人材だと切り捨ててしまいがちなのでしょうか?

それは、企業から見ると、アルムナイは「ロイヤルティ」がない人材だからです。

でも、別の見方をすれば、アルムナイの中には「しっかり物事を考える」人材が多いとも言えます。「終身雇用制・年功序列賃金・企業内労働組合」という「三種の神器」を掲げる従来の企業の価値観に盲従するのではなく、自分自身の価値観を持って人生を考えた結果が転職だったわけでしょう。

もちろん転職にはいろいろな理由・背景があり、すべてのアルムナイが企業にとって重要な人材だとは言えませんが、アルムナイの中には、一つの会社の枠に収まらない器だったり、成長を妨げる要因をもどかしく感じたり、会社が世の中の動きについていけていないことに気付いたりした、優秀な人材も相当いるはずです。

そんなアルムナイを、単に「ロイヤルティが低い」という思い込みだけで、戦力として除外するのは、普通に考えてもったいないです。逆に言えば、「ロイヤルティが高い」滅私奉公する人材ばかりを揃えて、勝てる時代はすでに終わっています。

そんな日本企業の優秀なアルムナイを外資系企業や強い戦略を持つ一部の日系企業が獲得している状況なわけで、日本企業の中でもアルムナイの再雇用を戦略的に進めているところが増えてきているのは良い傾向だと思っています。

——八木さん自身は、日本鋼管(現 JFEスチール株式会社)、GE、LIXILのアルムナイでもありますが、関係性はいかがでしょうか?

私の場合、これまで卒業してきた3社に対して悪い感情は何ひとつ持っていません。一方の企業側、たとえばGE なんて、「八木はGEに悪い感情があるから辞めたのではなく、日本企業で挑戦したいことが出てきたから、辞めたんだ」とちゃんと認識してくれていて、折に触れて、個人的にも組織的にもコンタクトしてきます。

先日も、「八木さんの考える人事/リーダー育成について教えてください」と請われ、GEの現職人事と、さらに他のアルムナイも一同に介する中、GEのオフィスで講演してきました。こういう形で私のことを活用してもらえるのはとても嬉しいことです。

こんな風に、「辞めた人であろうが、役に立つ人間は使う」というスタンスの企業と、「辞めた奴は裏切り者だから一切関わらない」というスタンスの企業どっちが生き残ると思います?

もう少し、GEの話をすれば、年に一度、アルムナイ・ネットワークの大きな会合が開かれています。一年間でどんなことをやったのか、みたいな情報交換を通じて、ビジネスのタネになっています。現役社員も一人来るのですが、だいたい社長が来ますね。

それとは別に人事部門出身アルムナイのイベントも年一回100人規模で開催しています。現役社員も暖かい目で見ているばかりか、それらのイベントがきっかけで、GEに戻る人もそれなりにいます。

「人材輩出企業」だからこそ、優秀な人が集まってくるし、「輩出」後も、やっぱり集まってくるんです。ネットワークが役に立つんです。そんなアルムナイを再雇用すると、その人の持つネットワークを取り込むことにもなります

>>後編につづく

編集後記

小気味良い語り口調で繰り出される「八木節」に、「ハッ」としてしまう気づきの連続でした。そして次の瞬間には、「どうして今までこうしてこなかったんだろう」と、魔法が解けたかのように、その人事観/経営観がすっと腑に落ちていきます。

八木さんは「あたりまえのことをあたりまえにやればいいんだ」とおっしゃっていましたが、想像以上に企業も、私含む個人もなんらかの旧来の固定観念にとらわれてしまっているのだと痛感するインタビューでした。

後編は、このオープンイノベーション時代に個人はどう生き抜くか、そして、人事に関わるすべての方に読んでいただきたい八木さんからのさらに熱いメッセージを予定しています。ご期待ください!(アルムナビ編集長・勝又 啓太)