ハフポスト編集長・竹下隆一郎さん「退職したら“社員ではできなかったこと”ができるかもしれない」

1月7日に行われたWEBメディア『ハフポスト』による就活応援番組『#ハフライブ』に、朝日新聞社からハフポストに転職した編集長の竹下隆一郎さんらが出演。会社を退職した理由を赤裸々に語り、反響を呼びました。

ご自身もアルムナイとして古巣と積極的な交流を続ける竹下さん。アルムナイと古巣の関係性は、キャリアにどのような影響を与えるのでしょうか? また、「古巣と良い関係性を継続するためのコツ」についても伺いました!

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ハフポスト日本版 編集長・竹下隆一郎さん
ハフポスト日本版 編集長
竹下隆一郎さん
慶應義塾大学法学部卒。2002年朝日新聞社入社。経済部記者や新規事業開発を担う「メディアラボ」を経て、2014年〜2015年スタンフォード大学客員研究員。 2016年5月から現職。「会話が生まれる」メディアをめざす。 ハフポストでは、女性のカラダのことを語り合う「Ladies Be Open」、つながり過多の時代に自立して生きることの価値を再考する「だからひとりが好き」などの企画が評判を呼んでいる。
Twitter:@ryuichirot

退職後も含めて「一つの世界」という認識に変わりつつある

——ハフポストの就活応援番組『#ハフライブ』で、竹下さんをはじめ、ゲストの方々が転職の理由を語っていました。なぜ、このような企画を行ったのでしょうか?

『#ハフライブ』は就活生向けの番組ですが、「終身雇用制度がなくなった現代では誰もが就活生」というコンセプトで運営しています。世の中の背景を踏まえたときに、「会社を辞めた理由をポジティブに語ることによって、今後の日本の働き方に良い影響を与えられるのでは」と考え、同企画をスタートしました。

——アルムナビ編集部が大学生に向けて行ったアンケートでは、「元社員の退職理由に関心がありますか?」という質問に9割の人が「はい」と答えています。視聴者からの関心は高かったのではと思いますが、どのような反響がありましたか?

ハフポストの社員は全員が転職を経て入社していますが、視聴者にはそのイメージがなかったみたいで、「バラエティに富んでいて多様性がある」という感想が多く聞かれました。就活生にとっては、まだまだ1社に長く務めるのがスタンダードというイメージがあるようです。

ハフポスト日本版 編集長・竹下隆一郎さん

——Twitterでは「#私たちが辞めた理由」というハッシュタグを付けて自らの退職理由を語る方もいました。みなさんの退職理由を見て、いかがでしたか?

肌感覚ですが、5年ほど前に比べてポジティブな退職理由が増えた気がします。「退職は次のステージに移るために必要なステップ」と考える人が多かったですね。

おそらく「世界の認識」が変わったことが影響しているのではないでしょうか。終身雇用の時代は「会社=世界」で、会社を辞めたら世界の外に行くような感覚だったと思いますが、現在は退職後も含めて「一つの世界」という認識に変わってきている。

今までは会社を辞めたら荒野が広がっているようなイメージだったのが、退職後も同じ世界の中でグルグルと回っている感覚になった。人間関係が継続する前提になったことで、ネガティブになりにくくなっているのだと思います。

朝日新聞を辞めたのは「ヘリコプターで頂上を目指したかった」から

——会社が変わっても人間関係は継続する。だからこそアルムナビは、退職してもゆるく古巣とつながり続けることの重要性が増していくと考えています。竹下さんはアルムナイが古巣とつながり続けることを、どのようにお考えでしょうか?

すごく良いと思います。実際、私も朝日新聞の人間とつながりを継続していて、今の仕事にもその関係が大いに役立っています。例えば、冒頭でもお話した「#ハフライブ」を制作するにあたっては朝日新聞の記者さんにアドバイスをもらっていたり、同期で元BuzzFeed Japan編集長・現在NY在住の古田大輔さんには、Twitterを通してNYの刺激的な情報をもらったりしています。

一方で、私も古巣の同期に有益な情報をシェアしたり、朝日新聞の場所を借りてイベントを企画したり、かなり積極的に関わっています。在職中に育ててもらったコスト分ぐらいは返そうかなと。

ハフポスト日本版 編集長・竹下隆一郎さん

——「辞めたらもう関係ない」と思うこともできますが、辞めてからも恩返ししようと思えるのはなぜでしょうか?

単純に与えた分だけリターンが大きくなるからです。何かしら魅力があって古巣に入社したのに、その魅力をすべて享受しないまま辞めているわけで。残りの魅力を享受するためにもつながっておいた方が良いと思っています。

——なるほど、明確にメリットがあるわけですね。竹下さんは2014年から1年間、スタンフォード大学客員研究員をされていますが、そちらのアルムナイネットワークもあるのでしょうか?

ありますよ。当時の研究員の名簿も持っていますし、パーティー等の催しがあれば参加しています。コミュニティによって会話の解像度が異なるので、同じ話題であってもそれぞれのコミュニティで得られるものは違う。アルムナイのネットワークが複数あるのは有益だと思いますね。

——竹下さんのように古巣と良い関係を築くためには、「辞め方」が重要だということが過去のアンケートからわかってきました。竹下さんが思う「良い辞め方」とは何でしょうか?

私は2つあると思っていて、一つは辞めたあとも同じビジョンを持ち続けること。私自身、朝日新聞でやろうとしていたことを今もハフポストで続けています。だからこそ、古巣側にも納得感があるのだと思います。

——「目指すものが同じなら、なぜ辞めるのか」と言われてしまうような気もしますが、その点についてはいかがですか?

例えば、山の頂上を目指すとしたら徒歩やロープウェイなど、さまざまな方法がありますよね。僕が30代で朝日新聞を退職したのは、どうしても30代のうちにやりたいことがあったから。徒歩ではなく、ヘリコプターで一気に登りたかったんです。

これはパーティーの大きさの問題で、100人いたら全員が登れる方法を探さなければなりませんが、3人なら「ヘリで行ってしまおう」という選択ができる。4,000人以上いる朝日新聞に対して、ハフポストの社員は30人弱ですから。もし朝日新聞にいたら、山の頂上にたどり着くのは50代だったのではと思います。

——もう一つについてはいかがでしょう?

もう一つは、辞めたあとも古巣とつながれるルートを作っておくことです。上司や権力者ではなく、話しやすい人でいいので、7人くらい確保しておきましょう。辞める前に全部署にあいさつに行くと、そういった関係を作りやすいかもしれません。特に関わりのない部署であっても退職のあいさつをされて迷惑に思う人はいないですしね。

ネットワークは株と一緒。たくさん持っていた方がいい

——これまで「朝日新聞アルムナイ」としてのお話を伺ってきましたが、竹下さんにとって「ハフポストアルムナイ」はどのような存在でしょうか?

マフィアのような感じでしょうか。どんどん自分の島が増えていくような。そう思えるのは、退職した元社員たちがつながりを残して辞めていること、そして私自身が古巣と今でも付き合いがあることが大きいでしょう。

当社のSlackには「同窓会チャンネル」があって、元社員のメンバーとはSlackやFacebookのメッセンジャー介して頻繁に会話をしています。最近見た映画の話から、「なぜ日本語のラップは成立しないのか」といったユニークな話題まで。Slackでの会話以外にも、彼らがオフィスに訪ねてきて近況を話してくれることもありますし、日常的にFacebookでメッセージを送り合ってもいます。

実は、今度そこでの会話から生まれたアイデアを記事化することになっています。「なぜ校長先生の話はつまらないのか」っていう(笑)

ハフポスト日本版 編集長・竹下隆一郎さん

——ハフポストアルムナイとの交流が間接的に仕事にも生きているんですね。

今って雑談とビジネス会話の境目がなくなってきていると思うんですよね。さきほどの世界観の話にもつながりますが、これまで人を縛っていたものが家庭から企業になり、今はネットワークなのかなと。雑談も含めて「世界」になっているイメージです。

——ハフポストアルムナイのような関係性を育むためには、アルムナイ側はどんなスタンスで古巣に接するのがいいと思いますか?

自然に接するのが一番ではないでしょうか。無理に連絡するのではなく、自分で古巣との距離感を決めてもらえたらと思います。

——先ほど「古巣の魅力を享受するためにもつながっておいた方が良い」というお話がありましたが、下心ありきで古巣と接点を持っておこうと考えるのはあまり自然じゃないような気も……。

「メリット=お金になるかどうか」だと思うのですが、今は何がお金になるかわからないので、深く考えないほうが良いと思います。株と一緒で、たくさん持っておいた方がいいじゃないですか。新興国のファンドに国内の大手企業、ベンチャー企業など複数持っておけば、何が化けるかわからないですから。

辞めてからの方が100%面白い関係になれる

——古巣企業と良い関係のアルムナイになるために、何を心がければいいと思いますか?。

とにかく連絡を絶やさないことだと思います。例えばTwitterで古巣のニュースをつぶやくだけでもいいですよね。「この人はまだうちの会社に関心を持ってくれてるんだ」というメッセージになりますし。

なお、その際は徹底的に部外者になりきることをオススメします。あくまで退職者ではあるので、内部事情を知っている感じで意見を言うと「辞めたくせに」となりかねない。無責任な意見を言う方がいいと思います。

——そういった個人の意見について、社員時代と退職後では企業側の受け止め方も変わるのでしょうか?。

企業によると思いますが、私は違いますね。在籍中は上司として部下の意見を受け止めますけど、退職後はそういう関係性が無くなるわけで、だからこその面白さがあると思っています。

提案一つにしても、在籍中は実現可能な範囲の提案しかされないけれど、退職後はリミッターが外れて斜め上からの提案がくることもある。辞めてからの方が100%面白い関係になれると思いますよ。

ハフポスト日本版 編集長・竹下隆一郎さん

——上下関係や利害関係から外れるからこそ意見の質が変わるし、受け止める側のスタンスも変わるわけですね。

会社側からしても意見を言ってもらえることはありがたいし、特にアルムナイは第三者でありながらインサイダーでもある。変なコンサルタントを雇うよりもよほど有益ではないでしょうか。

また、退職者を顧問や特別補佐、社外取締役などのポストに迎えるのもいいと思います。内部を理解している人が戻ってきて、半分社内、半分社外という視点でアドバイスをする。組織を動かすキーマンがわかるといった些細なことが、琴線に触れるような気がします。

——最後に、古巣とつながりたいと思っている人、そしてこれから会社を辞めてアルムナイになる人に向けて、メッセージをお願いします。

これまで人は企業に縛られてきましたが、それが崩壊した現代では、個人間のつながりがセーフティネットになり得ます。せっかく人生のある一定期間を一緒に過ごした人たちなので、古巣の人とつながりを持っておくにこしたことはない。

退職後も含めて「一つの世界」という認識に変わりつつある今、退職後も人間関係は続きます。もちろん企業側がアルムナイと積極的に交流し、意見を受け入れる努力をすることが不可欠ですが、辞めて関係性が変わったことで「社員時代にできなかったことができるかもしれない」希望もあるのではないでしょうか。

取材/天野 夏海 文/小林 香織 撮影/築山 芙弓