縁と意思で築く~サントリーアルムナイの多彩なキャリア

サントリーアルムナイの田野崎亮太さんにお話を伺いました。サントリーの営業を経て、様々な企業で培った経験と持ち前の行動力を元にMBAを取得。その後紆余曲折を経て、サントリー時代に学んだ顧客視点を胸にTabist代表として活躍しています。

※過去にサントリーホールディングス㈱、サントリー食品インターナショナル㈱に在籍していた方専用のネットワークです

多くの人に支えらえたサントリー営業時代

――サントリーに入社した理由を教えてください

サントリーには新卒で入社し、5年ほど在籍しました。

私の出身である一橋大学は金融機関や商社に強いのですが、就活をしていた当時はいわゆる超氷河期で採用がかなり絞られていて非常に厳しい状況だったんですね。そのため商社や金融機関以外を考えていたんです。

そんな中、テニスサークルの先輩からマーケティングの話を聞く機会があり、そこでマーケティングという仕事に興味を持ったことで、メーカーが自然と選択肢に入りました。

また、大学時代にクラブ(当時のディスコ)でバーテンダーのアルバイトをしていたのですが、お店の週末イベントにサントリーが協賛でお酒を提供してくれていたんです。それを目の当たりにして、お酒を飲める楽しい仕事があるんだと(笑)。もちろん、当時は仕事の苦労にまでは考えが至らなかったから、気楽にそう思えたのですが。

こうした色々なことがあった中でサントリーの面接を受けて、関わってくれた方々の人柄の良さが最終的な入社の決め手になり、内定を貰えたことで入社を決めました。

――サントリーではどのようなお仕事をしていたのですか?

先ほど述べたように、マーケティングに興味があったので宣伝部志望で入社したのですが、配属されたのは広域営業本部という営業の部署。同じく営業になった同期が支店に配属される中、私1人だけナショナルチェーンを担当する部門に配属され、そこに1年半いました。

志望した部署ではなかったので当時はモチベーションを保つのが難しかったのですが、今振り返ってみると、この時期はとても良い経験ができたと思います。

広域営業本部では、関東全域にあるダイエーで洋酒を扱っていました。

最初は全然バリューを出せず、怒られながら辛うじて仕事を成り立たせていた感じでしたね。

それを見兼ねた広域営業本部の先輩や隣の課の課長が、毎日勉強会を開いてくれるなど親身になって指導いただいたおかげで次第に結果が出せるようになりました。

残念ながら、今はこの時期にお世話になった人達とのつながりがないので、アルムナイ活動を機にコンタクトできると嬉しいです。

その後、社内で仕事を受け持つ部門が変わったので、広域営業本部から東京広域営業本部に異動し、そこでは3年半。ダイエーの担当はそのまま、エコスというスーパーの酒類全般の担当も兼務するようになった時代で、マーケ寄りの企画などの仕事もしていました。

同じ部署に同期はいませんでしたが、先輩にお世話になったり、今でも親交のある事業部の同期と一緒に組んで焼酎のプライベートブランドを作ったりと、とても面白い仕事ができた時期です。

3、4年目頃にサントリー用にカスタマイズされたグロービスの授業に参加する機会があり、そこでマーケティング&経営戦略やクリティカルシンキング、アカウンティングといった基礎的なことを学びました。学びを得たことで、改めて課題解決の仕事をしてみたいと思っていた矢先、大学時代の先輩からCEOアジェンダ(経営者の課題解決)の話を聞いたことで、その気持ちがより強くなりました。

――決心されてから、実際にサントリーを退社するまでの流れを教えてください。

今後の身の振り方を考えた場合、以下3つの選択肢がありました。

1.MBAの取得

2.コンサタント

3.会社に残る

まずは、社内の経営戦略に近い場所に行けないか、人事部にいた広域時代にお世話になった先輩に色々尋ねました。

しかし、社内でのMBA取得については、資格や条件が合わず、断念しました。同時に、経営企画に行きたい旨も相談したのですが、当時、経営企画部はマネージャーが多く、最年少の課長は30代後半で、課長になるのは10年以上待つ必要があったのでこちらも断念しました。

代わりに事業部でのマーケティングを提案されたのですが、自分がやりたかったのは全社的な戦略だったので、想定していた方向性が違ったため断りました。

次にコンサルの道に進めないか動き出しBCGを受けたのですが、パートナーから「クライアントの社員の直接採用難しい」と言われたので、これは難しいなと。同じ理由で、2位のBCGだけでなく1位のマッキンゼーも断念。それでも諦めきれず、トップクラスのベインコンサルティングを受けたのですが、こちらは筆記テストで落ちてしまいました。

しかし、捨てる神あれば拾う神あり。

この頃、アサヒアーサーアンダーセンでコンサルタントしてる大学の同期から声をかけてもらい、部門のパートナーにコンサルタントとして拾ってもらうことになったのです。

そうして入社から丸5年経った2004年3月頃に、当時の部長に退職の報告をしました。いろいろとお世話になり、かつ、社外コンサルから名前が挙がるほど優秀な方で、そんな方から「社内でまだできることがある」と引き留められたのですが、聞き入れず退社を決めました。

今から思うと、正に「若気の至り」ですね(笑)。

サントリーで学んだことが経営者としての血肉に

――サントリー退社後の経歴を教えてください

サントリー卒業後、ベリングポイント(旧朝日アーサーアンダーセン)や博報堂ブランドコンサルといったコンサルティング会社等を経て、現在私が代表を務めるTabistの前身であるOYO JAPANにChief Business Officer(最高事業責任者)としてジョインしました。

自分にとって2つ目の会社では、それまで学んでこなかったビジネスマンとしての基礎能力が身に付いた時代です。

その後に博報堂ブランドコンサルに入社し、その4年間凄く楽しい仕事をすることができました。こちらの社長は、現在代表を務める会社のブランド名を変える際に相談したほどとてもお世話になった方です。

次のフロンティアマネジメントという会社では、志望していた海外勤務を経て、外部の人間としてサントリーとお仕事をしたほか、仕事の傍ら2年をかけて大学に通いMBAを取得しました。

6つ目に働いた会社は、インスタグラムがリリースされるタイミングで、ビジネス的に勢いがあったフェイスブック。4年間のFB時代は、時流にも助けられ大きな成功体験を得ることできました。この時にもお客様としてサントリーがおり、よく品川で行っていたパートナー感謝会にも顔を出していました。その時に、広告部門の部長になった同期の勇姿を見て、感激したのも覚えています。

そして、現在につながるOYO JAPANに依頼を受けて入社。しかし、直後に記憶にも新しいコロナ禍が発生し、自らの進退を危ぶむほどの大きな危機を体験しました。

このように紆余曲折を経て、現在Tabist代表として活動しております。

Tabistのなかまたち

日本の旅館やホテルといったホスピタリティ産業は激動の中にあります。政府からの後押しやインバウンド需要に沸く一方で、まだまだ労働生産性が著しく低い産業です。また、今後、消費者の予約の仕方も、楽天やじゃらんといった予約サイトやアプリから、自分専用のAIエージェントに変わってくると思います。そんな環境変化の中、我々は、既存の旅館やホテルの個性を活かせるテクノロジーやブランドづくりをすることで、日本全国の人に、まだ見ぬ日本を体験してもらいたいと思っています。

自分自身も小さい頃、小倉に住んでいたのですが、関門海峡を抜けて連れて行ってもらった山口県にあるマリンピア黒井という複合リゾート施設が忘れられません。行きすがら食べた瓦そばの美味しさや透明に透き通る海で魚と泳いだ体験が。

決して贅沢ではないけど、そんな掛け替えのない思い出を、TabiのStoryとしてお客様に届けることが目標です。だから、Tabistという名前をつけたんです。

ーーサントリーで学んだことで、Tabistで活かされているものはありますか?

たくさんありすぎて…。

まず一つ目は、顧客視点です。サントリーで受けた営業研修で、“2C”という言葉を習ったんです。目から鱗でした。研修を受ける以前は、目先にあるダイエーやエコスといった企業という顧客のみしか考えていなかったんですよ。この研修で初めて、2Customers(二人の顧客)がいるという事を学んだんですね。企業という顧客だけでなく、そこに買いに来る顧客・消費者を考えなさいと。20年以上も前の事ですが、まったく色褪せないパースペクティブで、今では、TabistのValueとして “Be With 2Cs”として使わせてもらっています(笑)。

二つ目には、自社ブランドへの愛着心を育てることでしょうか。サントリー社員は当たり前にサントリー製品を選ぶんですよ。

ビールなどライバルが分かりやすい環境だったこともありかもしれませんが、自社製品がある分野で当たり前に自社製品を選ぶ感覚は実はすごいことだったと思います。

私は今、なんやかんや理由をつけて他社サイトを使うことがありますが従業員も同様なので、サントリーのようにそのブランドの一番のファンとなるような文化を作りたいと思っています。

――最後にサントリアンへのメッセージをお願いします。

大学を卒業して最初に勤める会社がサントリーで良かったと、心から思います。

営業という現場・現実・現物の重要性を教えもらい、自分のブランドをこよなく愛するという顧客視点の基礎となるものを発見し、そして、ラグビーを通じてチームスピリットや負けん気の大切さを学びました。

今そうした全てが、私の経営者としての血肉となっています。

アルムナイへは、前回交流会に参加できなかったので、2回目の開催を望むばかりです。アルムナイ同士のコラボレーションの芽が出たらうれしいですし、アルムナイ活動を機に、サントリー時代にお世話になった人達とのつながりができると嬉しいです。

※過去にサントリーホールディングス㈱、サントリー食品インターナショナル㈱に在籍していた方専用のネットワークです