「退職で終わらない、企業と個人の新しい関係を考える」をテーマとしているアルムナビでは、個人が会社を辞めた後も関係性を継続できるような辞め方・送り出し方を広めるべく、「辞め方改革」を提唱しています。
そんなアルムナビにとって気になる「最高の会社の辞め方」というフレーズを発見しました。
>>入社したらすぐ「退職」を考える文化〜「最高の会社の辞め方」と円満退社との違い〜
なんでも『「最高の会社の辞め方」プロジェクト』なるものが進行しているよう。一体なぜこのようなプロジェクトが立ち上がったのでしょうか? 主宰する複業フリーランス編集者の佐野創太さんと、メンバーのO.Mさんに聞いてみました。
「最高の会社の辞め方」をしたことで、いい人生を送れている実感がある
ーー「最高の会社の辞め方」プロジェクトが立ち上がった経緯について教えてください。
佐野:僕の個人的なキャリアがきっかけになっています。僕はパソナに新卒入社して1年で「普通の辞め方」で退職し、次の会社は1か月で「最低な辞め方」をして、その後パソナに出戻りして4年在籍した後、「最高の辞め方をしよう」と意識的に考えて、退職しました。
その理由は「最高の辞め方をすれば、退職してもパソナがお客さんになってくれるんじゃないか」と思ったからです。母が体調を崩して介護離職状態になり、フリーランスになることを考えていたので、「普通に引き継ぎだけやっている場合ではないな」と。パソナのことも大好きでしたしね。
それで2016年10月に家族の問題が生じてから退職する2017年5月までの約半年間、最高の辞め方をするための動きをしました。
ーー例えばどんなことをしたんですか?
佐野:まずは会社のどこに弱みがあって、どこに何を外注しているのか、徹底的に調べました。そういったことを洗っていくと、自分がどういうところに貢献できそうかが見えてくる。
その上で、社長や上司、他部署の人など、約30人に手紙を渡しました。「いいやつだったよね」で終わってしまうと仕事はもらえませんから、思い出話とともに「自分は会社に対してこういうことができる」という内容を添えて。そうすると、会社の需要と私の供給が一致するので仕事の関係性が続きやすいんですよ。
ーーそれぞれに違う内容の手紙を30人分も……!それだけで会社への誠意や想いが伝わりそうですね。
ーーでも、2017年に退職してから約3年がたっていますよね。今のタイミングでプロジェクトを立ち上げたのはなぜなんでしょう?
佐野: 良い会社の辞め方には再現性があることがわかってきたからです。僕の周りには会社が嫌いで辞めるわけじゃない人が多くて、「最後に何か残したい」という気持ちを持っている人が多かったんです。それで当時の僕が書いたような手紙を渡すことを提案して、編集のサポートをしていて。
僕自身、最高の会社の辞め方をしたことで「需要と供給を見極めて仕事をつくる方法」を知りました。そのことで今ちゃんと好きな仕事を好きな仲間と好きなだけできているし、遊べているし、結婚して子どもも産まれて、いい人生を送れている実感があるんです。
そういう実体験があったから、会社を辞めようとしている人に「適当に辞めちゃダメだよ」と伝えていたし、それこそアルムナビの記事を送ったりもしていて。
ーーありがとうございます……!
佐野:僕みたいに予期せぬところでキャリアが途切れてしまうリスクは誰もが持っているし、僕の辞め方の事例は決して特殊なものではない。自分や家族が体調を崩すかもしれないし、会社を取り巻く環境が大きく変わって仕事や部署が変わるかもしれないですよね。僕たちのキャリアは常に不安定なんです。
だったらみんなに広めたいと思って、今年の4月くらいに「興味ある人いない?」って発信をしたら、チームができた感じです。
ーー今は何名くらいのチームなんでしょう?
佐野:15人います。20代から60代まで、職種も営業に人事、広報、エンジニア、ライターと多岐に渡り、雇用形態も正社員、フリーランス、社長、転職活動中の人など、本当にさまざまな集まりになっています。Oさんは大学のアルムナイで、僕から声をかけました。
O.M:私自身は前職を円満に退職していて、退職に対して特別な思い出もありません。ただ、佐野さんが前職の人から仕事をもらっているのは以前から聞いていて、興味深いなと思っていました。
私は現在会社員ですが、今後はパラレルキャリアのような収入の柱が複数あるキャリアを目指したいと思っています。そういう意味では自分が仕事を紹介してもらえるような人脈を形成するメリットはあるし、どうしたらそういうことができるのか知りたいと思って参加しています。
「退職後もビジネス関係が続く辞め方」が重要な理由
ーー最高の会社の辞め方とは、具体的にはどんな辞め方なのでしょう?
佐野:「退職後もビジネス関係が続く辞め方」と定義しています。円満退職とも別物で、円満退職は業務の引継ぎや整理を抜かりなくやって「綺麗に終わらせる」ものですが、「最高の会社の辞め方」では、「お互いにメリットがある関係が続く」ことを重視しています。
ーーそのために先ほどおっしゃっていたように、「会社のことを調べて、自分が貢献できるポイントを見つける」わけですね。佐野さんはどうしてそういう辞め方が大事だと思うのでしょうか?
佐野:リファラル採用やリファレンスチェックが注目される中で「前職の評判」の重要性が増していること、転職活動中に面接などで会社への不満を無意識に口にしてしまい評価が下がるケースをパソナで多数見てきたことなど、理由は複数あります。
ただ、一番は「キャリアは会社や家族の都合によって影響を受けるもの」だからです。よく目にするキャリア論は「強みが生かせる会社に行く」という考え方が主でしたが、これって予期せずキャリアが途絶えてしまうと通用しないんですよ。
だからこそ、守りのキャリア論が必要なんじゃないかと。たとえキャリアが途切れても、やりたい仕事も、結婚して家族を持つことも、遊ぶことも、全てを高いレベルでやるためには、希少性が高い人材にならないといけないと考えています。
そして、「最高の会社の辞め方」をするために会社のことを調べて、そこに対してどんな貢献ができるのかを考えることは、自分の希少性を見つけていくことにつながると思っています。誰もが互いにメリットがある関係で終えられるわけではないですけど、それを目指すプロセスに価値がある。
ーーなるほど。ただ、なぜ「辞め方」なのでしょう? 希少性を高めることは在籍中からできることですよね。
佐野:「終わりが見えたときに集中力は増す」と思っているからです。もちろん入社した瞬間から意識できるのがベストですけど、退職を考えていないときから「会社を離れてもやっていけるかどうか」なんて考えられないですよね。
ーー終わりが見えている退職時こそ、自分のスキルやキャリアについて集中的に考えられる良い機会だというわけですね。
佐野:そうです。だからこそ、ただ円満退職をしようと考えるだけではもったいないと思っています。
O.M:このプロジェクトに参画してから私自身、前職を辞める時に「環境と自分のスキルの関係性」をもっと考えたらよかったんだろうなと思いました。
退職する時にスキルの棚卸しをする人は多いし、私もこれまで何をやってきて何ができるのかは考えましたけど、「じゃあそれを一番生かせる場所がどこなのか」「この会社ではなぜ生かせていたのか」まで考えることはなくて。
本当はそこまで考えることが、転職先で自分の能力を生かすことにもつながるんじゃないかと、今振り返って感じています。
キャリアに不安がある人ほど「最高の会社の辞め方」を意識した方がいい
ーー「最高の会社の辞め方」プロジェクトは立ち上がったばかりですが、最終的な目標は何ですか?
佐野:「いい辞め方をしよう」という会社の機運が高まることが最終的な目標だと考えています。
ただ、これまでの「強みを生かそう」からはじまるキャリア論とは反対の部分も多いので、まずは考え方を体系的にまとめたいですね。どちらかというと「自分と近い強みを持った人が少なくて、希少性が発揮しやすい場所で働こう」というポジショニングの考え方に近いキャリア論だと思っています。
そのためにもまずはコンテンツを整理して、ワークショップをやってノウハウを落とし込み、ブラッシュアップしながら、最終的には「辞め方大全」みたいなものを作ることを想定しています。
O.M:退職を自分のキャリアを見つめ直すきっかけにするために、どんな視点で何を考えればいいのか。いい辞め方のテクニックにとどまらず、「キャリア形成と絡めて辞め方を考える」ことを体系化できるといいですね。
どう死にたいかを考えるとどう生きたいかが見えてくるように、辞め方を考える過程でキャリアも見つめ直せるような、そんな方法を自分のキャリアを考えながら深めていきたいと思っています。
佐野: 人生100年と言われるこれからの時代は、3〜4社を経験するのは当たり前になると思います。転職の度に古巣の会社との関係性を切るのは現実的じゃないですし、よく「退路を断て」って言われますけど、それって一般人からすると不安でしょうがないですよね。
むしろ何かあったら戻れる実家みたいな場所がいくつかあることで、チャレンジもしやすくなるんじゃないかと思っています。「依存先を複数持つことが自立である」の考え方です。
ーーアルムナビも、個人が古巣の会社と関係を持ち続けるメリットは「キャリアのセーフティネットになること」だと思っています。「最高の会社の辞め方」ができれば古巣の会社はもちろん、元同僚の転職先から仕事がもらえるなど、アルムナイ同士の関係性もセーフティーネットになり得ますよね。
佐野:そうですね。僕自身、辞めてからしばらくはパソナから仕事をもらっていましたし、現在は当時の上司の転職先のメディア運営を一緒にやっています。
僕は「最高の会社の辞め方」は戦略的なキャリア論として捉えていて。繰り返しますが、キャリアが途切れる可能性は誰にとってもある。不安定であることを前提に考えた時に、希少性を高めることは重要です。だからこそ、キャリアに不安がある人ほど、最高の会社の辞め方を意識した方がいい。
代替可能な人がいなければ、その人に仕事を頼まざるを得ないですよね。そうすると、仕事・生活・自分の時間を自分のバランスで使える時間とお金の余裕が生まれます。希少性を高めていけば、何があっても高いレベルでやりたいことをやるためのキャリアを築けるはず。そのための方法を、辞め方を通じて提案したいと思っています。
ーー能力にあまり自信がなかったとしても、「同じ会社を経験していること」が希少性の一つになる。そういう意味でも、アルムナイというカードを使わない手はないなと思いました。これからの活動を楽しみにしています!
取材・文/天野夏海