仕事で孤独な日本人。個人を“キャリア孤立”に追いやるものとは?

菅総理

「自助・共助・公助」を掲げる菅政権だが、共助への言及は薄い。しかしこの共助は個人のキャリアに大きく関わることが明らかに。

Eugene Hoshiko/Pool via Reuters

「自助・共助・公助」——。菅首相が2020年秋に政策理念として掲げ、注目を集めるようになった考え方です。

今も新型コロナウイルス感染症の流行により、経済的困窮に陥っている国民に対して、国民の自助努力をどこまで求め、誰にいくら公的に補助するのかが争点になっています。 

しかしながら、自助と公助の二者択一を前提とした社会では、個人はギリギリまで、独りで困難に向き合わなければなりません。人は、他者の後押しや周囲からの支えがあるから、意欲や行動が喚起されるのであって、独りぼっちで頑張り続けられる人は多くありません。

自助と公助のあいだに共助があるからこそ、個人は自力を強く発揮できるのです。

自助・共助・公助のバランスは、生活や医療、災害復興や個人のキャリア形成など、さまざまな分野で求められます。ところが、個人のキャリア形成においては、現状、共助が欠如しており、そのことが個人のキャリア自立(自律)を妨げています。

キャリアの孤独と「共助」について考えてみたいと思います。

理想は「キャリアの自立」、現実は「キャリアの孤立」

孤独を感じるサラリーマン

Shutterstock/paikong

いまや雇用が流動化し、働く人の約7割が一度は会社を辞める時代です(リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2020」)。終身雇用が約束されないため、個人には自立(自律)的なキャリア形成が求められるようになりました。

ところが終身雇用が根づいていた日本では、キャリア形成に対する、個人の主体性が十分育っていません。「キャリアは自分で決める」という意識が、アメリカや中国では70%前後あるのに、日本では55%にとどまります(リクルートワークス研究所「5カ国マネジャー調査」、2014年)。

このように日本では、個人の「キャリアの自立」は発展途上なのですが、実はそれだけでなく「キャリアの孤立」にも陥っています。

下の図表1を見ていただくと分かるように、日本では、キャリアの新たな挑戦に対して、他者の後押しを受けている人は11%しかいません。アメリカや中国では4割弱の人が、周囲からキャリアの後押しを受けており、その差は実に3倍以上です

日本だけキャリアに対する周囲の支えが少ないのは、これまで主流だった終身雇用のもとでは、企業が強い人事権を持つという事情があります。キャリア形成において「本人と企業以外の他者が介在する必要性がなかった」のです。

周囲からのキャリアの支え

図表1

出所:リクルートワークス研究所(2020)「5カ国リレーション調査」

自己責任を過剰に求めると、人は孤立する

しかしながら、「キャリア形成は自己責任で」は、極端すぎないでしょうか。というのも、キャリア形成において自助努力が必要なのは紛れもない事実ですが、その一方で、自助努力だけではキャリアをつくれないのも現実だからです

たとえば、悪質なパワハラ上司のもとで不遇が続くのは、本人のせいでしょうか。子育てと介護を抱える夫婦が、夫の転勤により、妻が仕事を辞めなければならなかったのは妻だけの問題でしょうか。

もちろん、「その状況が嫌なら転職すればよい」という意見もあるでしょう。しかし、市場評価の低いスキルしか身についていなかったり、労働時間や勤務地に制約があったりする状態での転職は容易ではありません。

逆に、現在は華々しく活躍している人であっても、本人の努力が実ったのは、上司の支援や周囲の協力があったからです。つまり、キャリア形成にはたぶんに周囲の人間関係が影響します。 

このようにキャリアは、本人の自助努力と他者の支えのかけ合わせでつくられます。「自助努力だけでキャリアをつくる」は真っ当な意見のようでいて、極論でもあるため、ときに個人をキャリアの孤立に追い込みます。自立と孤立は違うのです

キャリアの挑戦を後押しするのは「支え合い」

チームで働く人たち

Shutterstock/metamorworks

では、個人が孤立せずに、自立的にキャリアをつくっていくのに大切なものは何か。それが「キャリアの共助」です

ここで言う共助とは、個人の自助努力とも、ハローワークや失業給付のような公的な支援(公助)とも異なる、家族や企業、組合、地域などの私的領域における支え合いのことです

キャリアの共助には、例えば、労働組合や職業コミュニティ(仕事に対する共通の問題意識で集まる勉強会など)、企業アルムナイ(退職者の集まり)、地域アルムナイ(同郷人のSNS上のコミュニティなど)があります(リクルートワークス研究所「『つながり』のキャリア論〜希望を叶える6つの『共助』〜」、2021年)。

例えば、Tさんは友人から偶然誘われた勉強会(職業コミュニティ)への参加がきっかけとなり、職場で感じていた閉塞感を脱し、他社の好事例を自社に取り込んだり、自ら人材育成のためのコミュニティを立ち上げたりしています。

Mさんは、地域アルムナイのSNSに参加したことで、東京から地元に戻った後の働き方や暮らし方をリアルに考えられるようになり、Uターンを決意し、いまでは地元で自営で働いています。

夫婦間のキャリアの支え合いの大切さや、転職における人とのつながりの大切さについては以前の記事をご覧いただくとして、今回は、家族や友人以外の共助がいかに重要か、その理由とともにお伝えします。 

企業という共同体との関係の揺らぎ

ビル群

撮影:今村拓馬

キャリア形成において共助が大切なのには、3つの理由があります。

第1の理由は、個人のキャリア形成において極めて大きな役割を果たす共同体であった企業との関係が、崩れつつあるからです

企業は働く人にとって、仕事や収入、やりがいだけでなく、教育訓練や承認を得る場でもあります。さらには居場所であり、人とつながる場でもあります。

この企業との関係が、雇用の流動化や働き方の多様化により揺らいでいる。それで個人はキャリアの自立が求められるようになりました。

よって、企業という共同体に代わるキャリア支援の仕組みが必要になっています。しかし、財政制約の大きい日本では、公助を無制限に拡充することができません。

未来のキャリアに有効なのは、公助より共助

また第2の理由は「自助・公助」よりも、「自助・共助」のほうが、未来のキャリアに対する主体性を高めるからです

下の図表2を見ていただくと、肯定的に未来を展望する「未来自信」や、キャリアのつながる情報収集や機会探索を行う「好奇心」、自らキャリアを決定しようとする「自己決定」は、「企業以外の共助なし・公助あり」よりも、「企業以外の共助あり・公助なし」のほうが高い傾向があることが分かります

しかも、「企業以外の共助あり・公助なし」は「企業からのキャリアの支えあり」以上の効果があります。

つまり、企業との関係が崩れつつあるなかで、労働組合や職業コミュニティ、企業アルムナイや地域アルムナイといった共助を広めることは、公的支援の拡充に勝る意義があるのです。

未来のキャリアに対する主体性

図表2

出所:リクルートワークス研究所(2020)「働く個人の共助・公助に関する意識調査」の分析

雇用が流動的な海外、キャリア支援は重層的

そして第3の理由は、雇用が流動的な海外では、個人の自助努力と公的な支援だけでなく、キャリアの共助も発達しており、キャリア形成において自助・共助・公助が重層的に機能しているからです

アメリカでは、企業は特別の理由がなくとも労働者を解雇できます。アメリカの労働者の平均勤続年数は4.2年と、日本の12.1年よりはるかに短く(労働政策研究研修機構「データブック国際労働比較2019」)、雇用は非常に流動的です。

しかしその一方で、職業団体や地域のコミュニティが発達しています。近年では、Googleの親会社AlphabetやAmazonなど、巨大IT企業で労働組合結成の動きもあります。

労働者の平均勤続年数が7.2年(同上)と、欧州諸国のなかでも雇用が流動的なデンマークでは、ムースと呼ばれる職場での面談に加えて、組織率7割の労働組合がキャリアガイダンスや転職支援も行っています。

海外では、自己責任でのキャリア形成が求められるからといって、独りでキャリアを築いているわけではないのです。むしろ自助と公助のあいだに支え合いの仕組みがあるからこそ、個人は自立してキャリアを築くことができるのです

共助をもつ人は3割もいない、共助を育む社会へ

このようにVUCAの時代(=環境が目まぐるしく変わり、先の予測が難しい時代)に個人が自立してキャリアをつくっていくには、自助や公助だけでなく、共助も必要です。

しかし現在、キャリアの共助をもっている人は3割もいません。また、共助のコミュニティが発達しにくいビジネスの慣行や社会の仕組みもあります。

「共助を育む」という視点で、あらためて社会の仕組みを点検し、日本中で生まれているキャリアの共助の芽を育てていくことが期待されます

(文・中村天江)


中村天江:リクルートワークス主任研究員。博士(商学)、専門は人的資源管理論。「労働市場の高度化」をテーマに調査・研究・提言を行う。「2025年予測」「Work Model 2030」「マルチリレーション社会」等、未来の働き方を提案するプロジェクトの責任者や、政府の委員を歴任。著書に『採用のストラテジー』(単著)、『30代の働く地図』(共著)などがある。

※分析引用元:リクルートワークス研究所「つながり」のキャリア論 —希望を叶える6つの「共助」— 

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