「新たなビジネス創造を進めていく上で、社外のカルチャー経験の必要性が高まっている」ことを背景に、アルムナイネットワークをオープンした三井住友海上火災保険。
>>三井住友海上火災保険がアルムナイネットワークをつくった理由「イノベーション企業になるために」
同社では社内ビジネスコンテストの審査員にアルムナイを起用したり、再雇用が複数起きたりと、オープンから約10カ月で着実に成果が出始めています。
そこで今回は三井住友海上火災保険の人事チーム長の荒木裕也さんにインタビュー。アルムナイネットワークがうまく機能している理由を探ります。
2016年に掲げた「全社員総活躍」にはアルムナイも含まれていた
——荒木さんが考える「三井住友海上のアルムナイ」について教えてください。貴社にとって、アルムナイはどのような存在でしょうか。
荒木:当社を離れたとはいえ、アルムナイが当社の仲間であることに変わりはありません。社員と区別して考える存在ではなく、社員の先にアルムナイがいるのであり、社員とは地続きの存在です。そして、アルムナイは当社がリーチできない人や企業、情報とのパイプ役でもあります。
社外カルチャーの経験がある人であれば同様の役割は果たせますが、アルムナイは当社のカルチャー理解があり共通言語で会話ができますから、同床異夢(同じ立場や仕事でありながら、考え方や目的などが異なること)も起きにくく、業務の効率性やスピード感は大きく異なります。
アルムナイネットワークはアルムナイとの絆をより強める手段の一つであり、その結果として再雇用やビジネス協業、業務連携、情報交換などが生まれることを期待していますね。
——従来の社会では「退職は裏切り」という価値観が根強くあり、アルムナイを仲間ととらえられない企業もあります。そのような中、貴社が「社員とアルムナイは地続きの存在」と考えられるのはなぜだと思いますか?
荒木:2016年度より、カルチャー改革に取り組んできたことが大きく影響しています。
その当時、私は人事部で「全社員総活躍」を標榜し、多様な社員全員の成長と活躍を目指して働き方改革を進めていました。制約なく働ける人だけを戦力ととらえるのではなく、育児や介護、病気など、さまざまな制約を抱える人の活躍を後押ししようとしたのです。
そのために各社員のキャリアビジョンを明確にし、その実現に向けて最適な異動ローテーションを組むなどしてきましたが、「やりたいことが今の職場だと実現できない」「若いうちにチャレンジしたいけど、今のままでは時間がかかりすぎてしまう」など、いろいろな事情が相まって、残念ながら退職という選択肢を取らざるを得なかった人もいました。
そういった人たちに対して、状況が変わった時に再び当社に戻って活躍できる風土を醸成したいという想いは当時からありました。つまり「全社員総活躍」には、アルムナイも含まれていたのです。
——アルムナイネットワーク導入にあたり「アルムナイは仲間」と言い始めたのではなく、それ以前からそのような考え方でカルチャー改革を進めていた、と。
荒木:おっしゃる通りで、その考え方は数年をかけて徐々に浸透していったものです。
当時は他にも、中途入社の社員や社会人になったばかりの若手を呼び、「ここが変だよ、三井住友海上」というイベントを行っていました。そこで出てきた意見を受け止め、改善することで業務効率化につなげていたのですが、その延長でアルムナイの意見を聞くこともありました。
アルムナイは外の世界にいるからこそ率直な意見が言いやすいでしょうし、より効率化につながるアイデアが出てくると考えたのです。
そういう経緯もあって、「退職後も外の世界で得た知見を当社にフィードバックしてもらえるような関係性をつくりたい」と思っていましたし、そのためには会社としてアルムナイと関係性を持つ必要があると考えていました。
風土はOSのようなもの。アップデートしなければ新しい施策は動かない
荒木:意見を聞くだけでなく、アルムナイにプロジェクトマネジメントを依頼したこともあります。目標はプロジェクトの達成であり、その中において役職や雇用形態は関係ありません。社員やアルムナイ、業務委託といった区分なく、「全員が等しくチームメンバーである」という発想が根底にはあります。
そのような考え方を浸透させるための取り組みとして、「さん付け運動」も行いました。当社は社内メールであっても「〇〇課長」と宛名に役職を付ける文化でしたが、それを「〇〇さん」にする動きです。
最初は抵抗もありましたが、根を上げてしまってはカルチャーは変わりません。鈍感力を発揮して続けていくと、じわじわ伝わっていくものだと実感しています。
——実際にカルチャーが変わったと感じるまでに、どのくらいかかりましたか?
5年ほどでしょうか。ただ、分水嶺は2017年度に始めた「遅くとも原則19時前退社」のルールだと思います。
会社の業績に直結する施策であり、反対意見もたくさんいただく中、当時の人事部長と悩みに悩んで行った施策でしたが、結果的に増収率は業界1位になりました。
業務時間が減っても業績が上がることを証明できたことで、「やればできるんだな」という会社全体の自信につながっていったように思います。
——前回の貴社への取材ではスピーディーに人事施策を打っている印象を受けたのですが、カルチャー改革に取り組んできた下地があったのですね。
荒木:カルチャーや風土はOSのようなものですから、そこが古いままでは新しいアプリを入れてもうまく動きません。OSをアップデートしたことで、今は何をやるにしてもスムーズに進むのを感じますね。
——アルムナイの取り組みを検討している企業の中には、制度導入と同時にカルチャー改革が必要なところもあります。
荒木:まずアルムナイネットワークを導入し、それによって生じる課題を解決するという順番でカルチャー改革を進めていけばいいと思います。
そもそも新しいアプリを入れなければOSが古くなっていることにも気付けませんから、そういう意味でも新しいことに取り組む必要があるのです。それによって起きた不具合を改善するPDCAを回していけるといいですよね。
アルムナイネットワークの規模を拡大し、10億円規模のビジネス創出を目指す
——アルムナイの取り組みの一つとして、貴社では社内ビジネスコンテスト「チャレンジプログラム」でアルムナイを審査員に起用しました。その狙いは何ですか?
毎年プロの審査員に依頼をしていましたが、非常に的確な指摘をしていただける一方、当社や保険業界の事情への理解がないゆえに「わかるけど、現実的にはできない」というアドバイスになりやすい面がありました。
その点、アルムナイであれば当社のケーパビリティやカルチャーを理解した上で、実現可能性を追求してくれるはず。そう考え、公募をして起業家の方と、M&Aを長年手掛けてきた方に審査員を依頼しました。
二人ともプロの目で実現可能性をジャッジするだけでなく、暖かい応援の目を持ちながらサポーティブなアイデアを出してくださり、元々のアイデアがより膨らんだように思います。
「お世話になった三井住友海上に恩返しをしたい」という気持ちの部分で引き受けていただいたのだと感じています。
アルムナイにとっても、かつての古巣のビジネスアイデアを審査し、アドバイスをする過程は、当社に在籍していた頃と今の自分を比較する機会になったのではと思います。それによってアルムナイ自身の成長や市場価値の向上を実感する機会になっていればうれしいです。
また、審査員にアルムナイを起用することは、「アルムナイは仲間である」という当社の姿勢を伝えることにもなります。アルムナイの皆さんには引き続き審査員としてチャレンジプログラムに関わっていただくことを予定しています。
——アルムナイネットワークの今後の構想について教えてください。
(過去、三井住友海上火災保険に在籍していた方専用のネットワークです)
奇をてらうのではなく、地に足をつけてネットワークを育て、中期経営計画を達成する一助となる制度に昇華させていきたいと考えています。
具体的には、アルムナイネットワークをきっかけに、当社にとって、あるいはアルムナイにとっての新しいビジネスを生み出したいです。そうして生まれたビジネスが社会課題を解決することが、「未来にわたって、世界のリスク・課題の解決でリーダーシップを発揮するイノベーション企業を目指す」という中期経営計画にもつながっていきますから。
そのためにも、まずはアルムナイネットワークの規模を拡大し、より多様性を担保したいと思います。現在は約300人が登録してくれていますが、最低でも4桁に乗せたいですね。
ただし、無理に登録を促して人数を増やしても、機能的なネットワークにはなりませんから、自然体な運営で人数を爆増させる方法を考えなければいけません。
——現時点でも、貴社ではアルムナイトワーク経由での再雇用が生まれています。その要因は何だと思いますか?
荒木:当社が良い会社だからです。そう言えるくらい、本気でカルチャーを変えてきました。
再入社した元アルムナイの方々は、一度外の世界に飛び出した以上、戻るのは勇気がいる決断だったと思いますが、その勇気を出そうと思えるくらい良い会社になっているからこそ、皆さん戻ってきてくれたのだと思います。
今年の春には、大手コンサルティングファームに転職した人が2人、当社に戻ってきてくれました。本来コンサルはノウハウが全てであり、それを宿したコンサルタントが財産です。そのような人材が再入社してくれることを考えれば、再雇用は単なる採用手法というだけでなく、ビジネス上に大きなメリットを与える施策です。
転職市場は取った・取られたの世界ですから、より良い会社になることで他社に転職したアルムナイを取り返すくらいの気概を持って、今後もカルチャー改革を進め、もっと良い会社にしていくつもりです。これは僕の信念ですが、ただ給料が高い、制度が整っているというのではなく、総合力で「良い会社だよね」と言われる会社にしていきたいですね。
ひとまずのゴールは、定量的には10億円規模の新規ビジネス創出を、定性的には「アルムナイ」の検索結果で当社がトップに表示されるくらい、世の中から「三井住友海上はアルムナイが活躍している」と認知されることを想定しています。
それができればアルムナイ関連施策への予算が増え、取り組みをバージョンアップさせることができ、アルムナイの皆さんにも還元していけます。お互いがハッピーにいられる状態を第一に考えながら、末長く続けていきたいですね。